元エホバの証人一世、possibleの“独り言”的ブログ

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神がアブラハムに言われた言葉(レク・レカー)

聖書の「創世記12章」には,当時,まだ「アブラム」と呼ばれていた男に,
神が語った力強い言葉が,次のように記されている。

「それからエホバはアブラムにこう言われた。
 「あなたの国を出,あなたの親族と父の家とを離れて,わたしが示す国へ行きなさい
  そうすればわたしは,あなたから大いなる国民を作り,あなたを祝福し,
  あなたの名を大いなるものにする。あなたは祝福となりなさい。」
  -創世記 12:1,2。[新世界訳]



ご存じのとおり,この言葉は,元々はヘブライ語で書かれている。

神がアブラハムに語った言葉の冒頭は,ヘブライ語では

 「レク・レカー」(לֶךְ־לְךָ
 ユダヤ人のネイティブ・スピーカーの発音は,「レフ・レハー」)


と書かれている。

元々のヘブライ語は「子音字」“のみ”で書かれたので,
ヘブライ語本文では,同じ子音字(Lkh-Lkh)が二度繰り返され,非常に印象深い言葉である。


さて,このブログのリンクでも示している「聖書直訳」は,その「レク・レカー」という言葉を

 「あなたは歩け にあなた

と訳している。
http://bible.co.jp/bible/ot/gn/gn12.htm

あなたは歩け」と訳されている「レク」は,
「歩く」という意味の「ハーラク」(もしくは,「ヤーラク」)という動詞の(二人称)単数の命令形である。
http://www.sacrednamebible.com/kjvstrongs/STRHEB32.htm#S3212
http://www.sacrednamebible.com/kjvstrongs/STRHEB19.htm#S1980

このヘブライ語には,「歩く」という意味の他に「行く」「出る」「出発する」「離れる」などの意味がある。
だから,「あなたは行け」「あなたは,出(いで)よ」「あなたは出発せよ」「あなたは離れよ」などと訳すこともできる。


次に,「にあなた」と訳されている「レカー」は,
「~に」という意味の前置詞「レ」に,二人称単数の接尾辞が付いたものである。
だから,直訳は,「あなたに向かって]」である。

そうすると,この部分は,

 「出なさい,あなたに向かって。あなたの生まれ故郷,あなたの父の家から・・・」


と訳せる。

多くの人が,この言葉の「重要性」に気づき,コメントしている。
例えば,次のブログの記事をご覧いただきたい。
http://plaza.rakuten.co.jp/biblestudy/diary/200812120000/



さて,その「レク・レカー」(レフ・レハー)という言葉は,
旅立ちの第一歩は,まず

 「今までの自分から出る

ということを教えてくれる。

今までの「小さな自分」から抜け出し,
神が与えてくれた「大きな夢に向かって」行動を開始するのである。

だから,アブラハムは,「あなたから大いなる国民を作る」という,神の「壮大な夢」を信じた。
それは,実に,「常識外れな夢」であったが,アブラハムはそれを信じたのである。

「自分には,そんなことは無理」と言う自分が自分の中にはいるかもしれない。

しかし,もう,そういう「小さな自分」,
自分の中の小さな殻にとじこめておこうとする自分,
自分の可能性を過小評価する自分,
そういう自分とは,「おさらば」するのである。


さらに,この「レク・レカー」(レフ・レハー)という言葉をよ~く見ると,
非常に不思議なことが書かれていることに気づく。

そう,

 「自分に向かって

と言ってるのである。

汝自身に」「自分自身に」とは,何を意味するのだろうか。

これは,「心の法則」を教えてくれてるのではないだろうか。

それは,「自分の中に
「自分の内側に
「自分の内面に」あるもの
に目を向けさせてくれる。

実際,そこには,「内なる神」(God presence within you)がいるのではないだろうか。

そして,まだ現在の自分では気づいていない「金の鉱脈」が,
あなたの内面には,眠っているかもしれないのである。
まだ開発されていない,大きな「可能性」が,そ・こ・に・隠れているのである。


今や私たちは,「自分の中の大きな可能性」に目を留め,
それに気づき,引き出してあげなければならない。

そして,小さな自分,否定的な自分,ネガティブな自分,
また,自分の可能性を否定し,「お前には絶対無理だよ」「お前にできるわけがないよ
と親切に言ってくれる親戚,周りの者,同僚,友人たち,
そうした人たちを後に残し,神が与えてくれた大きな夢に向かって歩み始めなければならない。


そう,神は,アブラハムと同様,私たちにも,こう言ってくれてるのである。

 לֶךְ־לְךָ
 「レク・レカー」(レフ・レハー


と。

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「依正不二」(えしょうふに)。 -強い主体が環境をも変える-

「夫(それ)十方(じっぽう)は依報(えほう)なり,
 衆生(しゅじょう)は正報(しょうほう)なり
 譬(たと)へば依報(えほう)は影のごとし,正報(しょうほう)は体(たい)のごとし,
 身(み)なくば影なし 正報(しょうほう)なくば依報(えほう)なし,
 又(また)正報(しょほう)をば依報(えほう)をもつて此(こ)れをつくる」

(日蓮聖人著「瑞相御書」 54歳の時の著述)



仏教の言葉で「依正不二」(えしょうふに)という言葉がある。

依正」(えしょう)とは,「依報(えほう)」と「正報(しょうほう)」のことで,
依報(えほう)」とは,広辞苑第六版によれば,

 「〔仏〕過去の行為の結果として受ける,環境世界。」

と説明されている。

そして,「正報(しょうほう)」とは,

 「〔仏〕過去の行為の結果,報いとして受ける,われわれの心身。」

と説明されている。

そして,「不二(ふに)」とは,

 「〔仏〕異ならないこと。差別のないこと。
  現象的に対立する二つのことが根底的には一体であること
  大乗仏教において主張される。」

と書かれている。


だから,「依正不二」(えしょうふに)とは,簡単に言えば,

 「環境世界」と「われわれの心身」とは「一体」である
 (「客体」と私たち(主体)は,別のものではなく,実は一体である)

という意味である。


これは,実に,興味深い教えだと私は思う。

私はかつて,「ポジティブに考えると,ポジティブな結果が返ってくる」と
なぜ主張したり,信じたりできるのか,その「理由」をうまく説明できなかった。

「ポジティブに考える」というのは,
あくまでも,私たちの「脳の中だけでの活動である。
しかし,その「脳の中」の考えに過ぎないものが,
なぜか,周囲の「環境」を変えてしまうほどの力を持っているのある。

だから,もし,私たちが,自分の周り(環境,客体)を変えたいと思うならば,
まず,強い自分(確固たる主体)を確立すればいいのである


そうすると,「依正不二(えしょうふに)」の原理(法則)に基づいて,
やがて,「環境」(周り)が変わってくるのである。


ある人たちは,この教え(依正不二)をもとに,
「地震」や「天変地異」の原因が,人々(大衆)の心にある,とさえ言う。

たとえば,日蓮は,そう考えた。
前述の書物の中で,彼は続けて,こう述べていた。

人の悦(よろこ)び多多(たた)なれば
 天に吉瑞(きつずい)をあらはし 地に帝釈(たいしゃく)の動(うごき)あり,
 人の悪心(あくしん)盛(さかん)なれば
 天に凶変(きょうへん),地に凶夭(きょうよう)出来(しゅったい)す」

(日蓮聖人著「瑞相御書」 54歳の時の著述)



ここで述べてる事柄は,もう完全に「信仰の領域」に入る事柄であり,
厳密な「科学」,たとえば地震学者は,それは「地球の活動」であるとして
人間の思考との関連性”を否定するかもしれないが,
私たちを生み出し,現に,今でも私たち人間を養ってくれている「母なる大地」が,
その地の上に住む私たち「人間の思いに反応する」としても,別に,
何ら不思議ではない,と私個人は感じる。

(そもそも,この観点で考えないと,聖書の言う「終わりの日」には,
「地震」などの天災が以前よりも多くなるという説明も,
地上に住む「邪悪な人々」との“関連性”が全くなく,意味不明となる。)


それに,ネガティブな人たちが集まり,「負のエネルギー」が強くなれば,
そこの「環境世界」が,その影響を受ける
とも考えられる。

そう考えると,この「依正不二」(えしょうふに)という教えは,
「すごい教えだな」とも思う。

仏教の教えというのは,三千年の昔から,
このような「心の法則」に気づいた人たちが
私たちに気づかせてくれてたものなのかもしれない。





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言葉のイメージ

長い間,私は熱心なエホバの証人であった。

長い間,組織と交わり,エホバの証人として生活してると,
ある言葉には,ある「特定のイメージ」を持つようになる。

たとえば,聖書の中に「悔い改め」という言葉が出てくる。
悔い改めなさい」(悔い改めよ)と言われたら,
あなたは,その言葉に,何か「積極的な意味」を感じるだろうか?

いや,むしろ,「否定的なイメージ」を持つだろうと思う。
何か「悪いこと」をして,それを悔い改めるというイメージである。


しかし,原文のギリシャ語では,「メタノエオー」(これは動詞で,名詞は「メタノイア」)
といって,それは,「心を変える」「考えを変える」という意味なのである。

この差は,あまりにも大きいと私は感じる。


仮に,聖書の中で,「悔い改めなさい」と書いてあるところを,
すべて「心を変えなさい」(考えを変えなさい)と変えるとしたら,
それだけで,「積極的なメッセージ」になる。

すなわち,今までのあなたは,神や自分に対して「ネガティブ」に考えていたかもしれない。
しかし,これからは,そういうネガティブな考えを捨てて,
考え方を変えて,ポジティブになりなさい
と言ってくれてるようにも私には思える。

「翻訳が大事だ」というのは,こういう部分なのである。


さらに,話は違うが,聖書の中には「」という言葉が出てくる。
たとえば,新世界訳の箴言29章18節には,

 「がなければ,民は放逸に振る舞う。」

と書いてある。

これは,はっきり言って,言ってる意味がよく分からない
預言」(将来の予言)が必要だと言ってるようにも聞こえる。

しかし,欽定訳では,この聖句はこうなってる。

 「ビジョンがなければ,人は滅びる。」


」を「ビジョン」に変えるだけで,
意味がものすごい「積極的」になる。

要するに,将来の「ビジョン」(明確な夢や目標や明るい希望)がなければ,
人はダメになってしまう
,と聖書は教えてるのだ。


やはり,「翻訳は大事だ」と私は思う。

そして,聖書は,「心の法則」を教えてる書物だということを
よく知ってる(分かってる)人が,翻訳する必要がある,と私は感じる。
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「ネガティブな言葉」を吐くことの恐ろしさ

今日は,「ネガティブな言葉を吐く」ことの恐ろしさ
について述べてみたいと思う。

聖書は,「心の法則」(人の心の働き)を,
象徴」「比喩」,また,「たとえ」や「物語」(寓話や,ファンタジー)
などをふんだんに使って表現している。
(だから,必ずしも,それが「歴史上の実話」だというわけではない。
私が,聖書を「文字どおりに」とらえるのは間違ってると何度も言うのは,こういう理由である。)

聖書は,「比喩を理解する人でないと,本当の意味では理解できない。
だから,俳句,短歌,ポエム(詩)などをたしなむ人のほうが,聖書は理解しやすいはずと思う。

そのことを,よくわきまえて下さった上で述べてみる。


聖書には,ある時,こんなことがあったと記している。

「すると,集会のすべての者は声を上げ,民は夜通し声を張り上げて泣き続けた。
 そして,イスラエルの子らは皆モーセとアロンに対してつぶやき始め,
 集会のすべての者が彼らに向かってこう言いだした。
 「わたしたちはエジプトの地で死んでいればよかった
  でなければ,この荒野で死んでいればよかったのだ。」 」
 -民数記 14:1,2。[新世界訳]



これは,まあ,心にある「不平」「不満」を吐露したわけだが,
これに対して,エホバ(「I AM」,すなわち,心の法則では「内なる神」)の反応は,
おもしろいものがある。

こう書かれている。

「彼らに述べよ,『「わたしが生けるごとく」と,エホバはお告げになる,
 「あなた方がわたしの耳に語ったそのとおりのことを
  わたしがあなた方に対して行なわないとすれば!

 -民数記 14:28。[新世界訳]



「あなた方がわたしに耳に語ったそのとおりのこと」というのは,
要するに,彼らの,「死んでいればよかった」という言葉のことである。

そんなにも「死にたい」と言うのなら,
じゃあ,そのとおりにしてあげましょう
とエホバは述べてるわけだ。
これは,考えてみれば,実に恐ろしいことだと私は思う。

そして,文脈から分かるとおり,神は,
ポジティブな」ヨシュアとカレブだけを救うことを決定された。

そう。ポジティブな人だけが,「約束の地」に入れたのである。
ヨシュアとカレブが「約束の地」に行けた理由は,たった,これだけだ


イエスも,こう言われたことがある。

「わたしはあなたがたに,こう言いましょう。
 人はその口にするあらゆるむだなことばについて,
 さばきの日には言い開きをしなければなりません。
 あなたが正しいとされるのは,あなたのことばによるのであり,
 罪に定められるのも,あなたのことばによるのです
。」
 -マタイ 12:36,37。[新改訳]




神は,「私たちの語る言葉」に敏感に反応する。

だから,ネガティブな言葉を吐けば,
ネガティブな反応」が返ってくることを覚悟しなければならない。

反対に,常にポジティブな言葉を言うように心がけていれば,
ポジティブな反応」が返ってくると期待できる。

神(内なる神)が,常にその言葉を聞いているからである。

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