元エホバの証人一世、possibleの“独り言”的ブログ

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神の「変わらぬ愛(その1)」 (イザヤ54章10節)

先日の記事では,私の一番好きな「聖書の言葉」(聖句)ということで,
箴言19章22節」の言葉を,原語と共に紹介させていただいた。

そこには,人の変わらぬ愛」について書かれていた。
http://godpresencewithin.blog86.fc2.com/blog-entry-78.html


さて,今日は,神の変わらぬ愛」について述べてる
聖書の言葉を紹介してみたいと思う。
まずは,「その1」として,「イザヤ54章10節」の言葉を紹介する。

イザヤ54章10節(アレッポ写本)


ヘブライ語本文には,「右から左へ」,こう書いてある。

כִּי הֶהָרִים
יָמוּשׁוּ וְהַגְּבָעוֹת תְּמוּטֶינָה
וְחַסְדִּי מֵאִתּךְ לֹא־יָמוּשׁ
וּבְרִית שְׁלוֹמִי לֹא תָמוּט
אָמַר מְרַחֲמֵךְ יְהוָה׃



発音の仕方(ユダヤ人のネイティブ・スピーカーによる)は,次のとおり。
ネイティブのユダヤ人は,
「長母音」を必ずしも長く発音するわけではなく,
 むしろ,「アクセントがあるところを長く発音する傾向がある。)

 「キー・ヘハリーム
  ヤムーシュー,ヴェハッゲヴァオット・テムッテイナー
  ヴェハスディー・メイッテーフ・ロー・ヤムーシュ,
  ウーヴェリート・シェロミー・ロー・タムート
  アマール・メラハメーフ・アドナーイ。」

なお,伝統的な翻字は,以下のとおり。

 「キー・へハーリーム
  ヤームーシュー,ウェハッゲヴァーオート・テムーテイナー
  ウェハスディー・メーイッテーク・ロー・ヤームーシュ,
  ウーヴェリート・シェローミー・ロー・タームート
  アーマル・メラハメーク・ヤハウェ。」


-----------------------------------------------------------

今日の聖書の言葉は,多少長いが,理解を助けるために,
それぞれの「単語の意味」を,きちんと説明しておきたい。

「五行」もあるので,分かりやすいように,
それぞれの行に番号を入れて解説してみる。


1第一行目
כִּי (キー)とは,
ヘブライ語の前置詞で,
文脈によって様々な意味に訳される。
ここでは,「たとえ~でも」というような意味であろう。

הֶהָרִים (ヘハリーム)とは,
最初の「ヘ」は冠詞(the)。
「ハリーム」は,「山」という意味の「ハル」の複数形。
すなわち,日本語では,「山々」という意味である。


2第二行目
יָמוּשׁוּ (ヤムーシュー)とは,
「移る」「動く」という意味の動詞「ムーシュ」の
未完了態・三人称男性形複数の変化形。

וְהַגְּבָעוֹת (ヴェハッゲヴァオット)とは,
最初の「ヴェ」は接続詞の「そして」の意。
次の「ハ」は冠詞(the)。
「ゲヴァオット」は,「丘」という意味の名詞「ギヴアー」の複数形。

תְּמוּטֶינָה (テムッテイナー。
BHSでは,ヨード(Y)がなくて,「テムッテナー」)とは,
「揺らぐ」「揺れ動く」という意味の動詞「モート」の
未完了態・三人称女性形複数の変化形。


3第三行目
וְחַסְדִּי (ヴェハスディー)とは,
最初の「ヴェ」は接続詞の「そして」の意。
「ハスディー」は,「ヘセド」(変わらぬ愛)という言葉に,
「私の」という意味の接尾辞「イー」が付いたもの。

מֵאִתּךְ (メイッテーフ)とは,
二つの言葉,すなわち,「~から」という意味の「ミン」と,
「~を」という意味の「エート」に,
二人称単数(「あなた」の意)の接尾辞が付いたもので,「あなたから」の意。

לֹא־יָמוּשׁ (ロー・ヤムーシュ)とは,
「ロー」は,“強い”否定の言葉で,「ない」の意。
英語で言うと,"Never"のように,「決してない」の意味に近い。

次に,「ヤムーシュ」とは,
「移る」「動く」という意味の動詞「ムーシュ」の
未完了態・三人称男性形単数の変化形。
したがって,「ロー・ヤムーシュ」とは,「決して移らない」の意。


4第四行目
וּבְרִית (ウーヴェリート)とは,
最初の「ウー」は,接続詞の「そして」の意。
「ヴェリート」は,「契約」という意味の名詞。
たとえば,「新約聖書」と言う時の「約」(契約)と同じ意味。

שְׁלוֹמִי (シェロミー)とは,
「平和」「平安」という意味の「シャローム」に,
「私の」という意味の接尾辞「イー」が付いたもの。

לֹא תָמוּט (ロー・タムート)とは,
「ロー」は,“強い”否定の言葉で,「ない」の意。
英語で言うと,"Never"のように,「決してない」の意味に近い。

そして,「タムート」とは,
「揺らぐ」「揺れ動く」という意味の動詞「モート」の
未完了態・三人称女性形単数の変化形。
したがって,「ロー・タムート」とは,「決して揺らがない」の意。


5第五行目
אָמַר (アマール)とは,
「言う」「語る」の意。

מְרַחֲמֵךְ (メラハメーフ)とは,
「憐れむ」「愛する」という意味の動詞「ラハム」の変化形
(ピエル形,分詞)に,「あなた」という意味の接尾辞が付いたもの。
なお,この変化形は,いわゆる「ピエル」(強意形)と呼ばれ,
その単語の「意味を強めた」言い方である。
すなわち,「ものすごく憐れむ」「猛烈に憐れむ」という意味になる。
この「ものすごく」というような部分は,翻訳の際に消えてしまう部分なので,
これは,「原語を調べる人々だけ」が分かるもの。
つまり,翻訳だけを読んでる人には,決して分からない部分。

יְהוָה (アドナーイ)とは,
一般に「テトラグラマトン」と言われてるもので,
これは,「神の御名」である。
翻訳する時には,「ヤハウェ」「エホバ」などと訳されるが,
ネイティブの発音は,常に「アドナーイ」(「主」の意)である。


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新改訳聖書」は,イザヤ54章10節を次のように訳す。

「たとい山々が移り,丘が動いても,
 わたしの変わらぬ愛はあなたから移らず
 わたしの平和の契約は動かない。」
 とあなたをあわれむ主は仰せられる。」

 -イザヤ54:10。[新改訳聖書]




先日は,人の変わらぬ愛」について考慮した。

もし,私たちの人生において,
そのような」を示してくれる人がいるのなら,
それは,素晴らしいことである。

それは,の「愛」であるかもしれず,
あるいは,の「愛」かもしれない。
年をとっても,いつまでも支え合い,
愛し合う夫婦ほど,美しいものはない。

また,その他にも,美しい「師弟」関係や,
友との「友情」などもあるであろう。

しかし,いずれの関係も,「絶対と言えるものではない

あなたが,いくら恋人を信頼していても,
恋人に「裏切られる」こともあるだろう。
熟年「離婚」ということも,世の中にはたくさんあるであろう。
また,中には,「親からの愛情をまったく受けずに育つ子供たちもいる

人の「愛」は,このように,「不確かなもの」なのだ。


しかし,「神の」については,聖書はこう述べる。

たとい山々が移り,丘が動いても,
 わたしの変わらぬ愛(ヘセド)はあなたから移らず
 わたしの平和(シャローム)の契約は動かない。」
 とあなたをあわれむ主は仰せられる。」




かつて,釈尊(仏陀)は,こう言ったことがある。

 「生者必滅 会者定離」(しょうじゃひつめつ えしゃじょうり)

と。
http://godpresencewithin.blog86.fc2.com/blog-entry-32.html

これは,

 「生きている者には,必ずが訪れ
  出会いがあれば,必ず別れがある

という「真理」(悲しい現実)を,簡潔に表現したものである。

だからこそ,私たちは「限られた時間の中で
生きてるうちに,精一杯,愛する人に「愛を伝える」必要があるのである。

私たちのことを,どんなに「愛してくれる人」も,
そして,私たちが,どんなに「愛してる人たち」も,
私たちは,必ず,「別れなければならない時が来る

そして,私たちも,人生の「最後」(死ぬ時)には,
一人で旅立たなければならない
愛する人たちに別れを告げて


しかし,聖書は,こう教えてくれる。
私たちが,人生の最後の瞬間に,愛する人たちに別れを告げて
たった一人で(孤独に)旅立たなければならない時も,
私たちは,決して一人ではないのだと。

人生の最後の瞬間にも,「心を安らかに」目を閉じることが出来る。
この「心の平安」こそ,聖書が教える

 「シャローム」(平安)

の神髄である。

今まで,私たちと別れていった 私たちの「愛する人たち」も,
今は,きっと,神の永遠の愛」に抱(いだ)かれて,
安らかでいるに違いない,と分かる。

私たちも,そして,私たちの愛する人たちも,
神から愛されている」のだ。

聖書が,「無信仰」な生き方ではなく,
神への信仰」を教えてることには,
十分の理由があるのだと私は思う。




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私の好きな聖句,「箴言19章22節」

今日は,私が,昔から

 一番好きな聖書の言葉

を紹介してみたいと思う。

(通常,クリスチャンは,「聖句」という言い方をするが,
 しかし,ここでは,一般の方にもよく分かるように,
 「聖書の言葉」と私は述べる。)

私の好きな,その聖書の言葉とは,

 箴言19章22節

である。

レニングラード写本の箴言19章22節

箴言19章22節(アレッポ写本)


ヘブライ語では,「右から左に」,こう書いてある。

תַּאֲוַת אָדָם חַסְדּוֹ


発音の仕方(ユダヤ人のネイティブスピーカーによる)は,

 「タアヴァト・アダーム・ハスドー

と読む。
(あるいは,伝統的な翻字では,「タアワト・アーダーム・ハスドー」)
http://interlinearbible.org/proverbs/19-22.htm


תַּאֲוַתタアヴァト)とは,
「タアヴァー」という名詞の変化形(合成形,あるいは連語形と呼ばれる)で,
その意味は,「願望」「欲望」という意味である。
そして,合成形(連語形)なので,「~の願望」「~の欲望」という意味になる。
http://strongsnumbers.com/hebrew/8378.htm

אָדָםアダーム)とは,
もちろん,あの最初の人間「アダム」と同じヘブライ語であるが,
しかし,ここでは,固有名詞としてではなく,
「普通名詞」の意味で用いられている。
その意味は,「」「人間」という意味である。
http://strongsnumbers.com/hebrew/120.htm

חַסְדּוֹハスドー)とは,
ヘセド」という名詞に,
「彼の」という意味の接尾辞「オー」が付いたものである。
http://strongsnumbers.com/hebrew/2617.htm

なお,「ヘセド」という言葉には,非常に深い意味があり,
新改訳では,「変わらぬ愛」という感動的な言葉で訳されている。
(この翻訳の仕方は,新改訳旧約聖書の翻訳部主任であられた,
 名尾耕作先生によるものである。)


「新改訳聖書」では,この箴言19章22節は,こう訳されている。

人の望むものは,人の変わらぬ愛である。」
 -箴言19:22。[新改訳聖書]



私は,たぶん,ずっと「この愛」
変わらぬ愛,ヘセド)を求めてきたのだと思う。

私が,20代や30代の頃,「いつも泣いていた」のは,
たぶん,「この愛」(人の「変わらぬ愛」)を,ずっと求めていたのに,
それが「得られなかった」からであろう。


エホバの証人の人たちは,ことさら

 「自分たちの間には,本当の愛がある
 (それこそ,自分たちが本当のクリスチャンである証拠である)

と「うそぶく」が,しかし,実際にそこにあるのは,

 「薄っぺらい愛
 「偽善的な愛
 「表面的な」,

そして,その宗教団体から離れると(排斥や断絶すると),
なくなってしまう愛」があるだけであった。


かつて,私が現役の信者だった頃,
私の姉が,私に,こう訊ねたことがある。

 「あなたがエホバの証人でなくなったら
  その人たちとの関係は,どうなるの?」

と。

私は,少し考えて,答えた。
「もう友だちでは,なくなるね。」

それに対して,姉は一言,こう言った。

 「薄っぺらい関係だね


と。

私の姉は,昔から「頭のいい」人だった。
(文字どおり,「IQがいい」という意味である。)

姉は,きっと,その信者の間に見られる「愛」とやらの
偽善性」を見抜いたのであろう。


ところで,この聖書の言葉では,特に
人間の変わらぬ愛」について述べているが,
聖書が一番強調しているのは,もちろん,

 神の変わらぬ愛」(ヘセド)

についてである。

その点については,また機会があれば,原語と共に考慮してみたいと思う。



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声優「やみん」の動画が可愛いと評判だそうで

声優活動をしてる,「やみん」とい女の子がかわいいと評判。
http://getnews.jp/archives/89489

結構,天然なのかも。





彼女のブログ:
http://ameblo.jp/kurage-yaming/

私たちは,独りでは生きていけない - 地震が教えてくれたこと

震災後,多くの男が,女性から電話やメールをもらう現象が発生
http://www.news-postseven.com/archives/20110411_17244.html

これは,「週刊ポスト2011年4月22日号が伝えているものである。

それによると,連絡(メールや電話)が来るのは,「昔付き合っていた彼女」,
「飲み会で一度会ってアドレス交換をしただけの特段親しくない女性」など,
人によって様々だそうである。

みんな「不安」なんだと思う。


また,同じく「週刊ポスト2011年4月22日号によれば,
震災がきっかけで,「人生を見つめ直す女性」が増えてきたそうな。
http://www.excite.co.jp/News/column_g/20110413/Postseven_17313.html

つまり,今までは,強がって,「独りがいい」と言っていた女性たちが,
「愛するパートナー」を求めるようになってきた,という。
お金(収入)や,あらゆる打算を超えて。

そこ(「週刊ポスト」の記事)には,ある女性の経験が載せられている。
こう書かれている。

「都内の企業で働く38歳独身女性は、3月11日の地震当日に一抹の寂しさを覚えたという。

 「同じ職場の既婚者は、“ダンナは大丈夫かしら”“学校に行ってた子供は、
  家まで帰ってこれないかも……”とみんな家族の心配をしていたんです。
  その様子を横目で見ながら思ったんです。
  “私には、心配する恋人も、家族もいないな……”って。

  もちろん関西の実家に住む両親は電話をくれましたけど、
  私自身には、身近に心から心配したり、してくれる人がいないことに気づいたんです

  それ以来、このままでいいのかって思うようになりました。
  このまま歳を取っていって“おひとりさま”になったら、
  私、孤独死するのかなって怖くなって……。

  もしもう一度地震が来たら、たぶん耐えられない」」

(「週刊ポスト2011年4月22日号の記事より。)
http://www.excite.co.jp/News/column_g/20110413/Postseven_17313.html




この記事が書かれてからも,非常に強い「余震」が何度も来ている。

「地震」というのは,悲しい現実であるけれども,
すべてが悪いことだけではないのだ,と分かる。

地震は,

 「私たちは,独りでは生きていけないのだ

ということを,教えてくれたのだと思う。
きっと。


「震災」をきっかけとして,自分の人生を見つめ直し,
今まで結婚の必要性を感じていなかった人たちが
「生涯のパートナーを見つけよう」と思ったのなら,
それは,日本の将来にとって,悪いことばかりだったのではないだろう。



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