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日蓮と「心の法則」

さて,一連の「仏教」シリーズの記事は,
これで一応,終わりにしてみたいと思います。

今日は,日蓮と「心の法則」について書いてみたいと思います。
私は,日蓮は,「心の法則を知っていた」と思います。

彼の述べた事柄を,ここに「引用」してみます。
特に私の解説は付けませんので,「じかに」読んで,そこから何かを感じ取ってください。
(きちんと読めるように,漢字には「ひらがな」を付けておきました。)


「失(とが)なき者をば天もあやまつ事なし,況(いわん)や善人におひてをや。
 されば妙楽大師のたまはく「必ず心の固きに仮(よ)りて神の守り則(すなわ)ち強し」等云云,
 人の心かたければ神のまほ(守)り必ずつよしとこそ候(そうら)へ」

(日蓮聖人著「乙御前御消息」 54歳の時の著述)



「「必ず心の固きに仮(よ)りて神の守り即(すなわ)ち強し」等とは是(これ)なり,
 汝等(なんじら)努努(ゆめゆめ)疑うこと勿(なか)れ
 決定(けつじょう)して疑い有(あ)る可(べ)からざる者なり」

(日蓮聖人著「真言諸宗違目」 51歳の時の著述)



「止観(しかん)の第八に云(いわ)く・・・
 「城の主(あるじ)剛(たけ)ければ 守る者も強し
  城の主(あるじ)恇(おず)れば 守る者 忙(おそ)る,
  心は是(こ)れ身(み)の主(あるじ)なり・・・
  心固(かた)ければ則(すな)ち強し
  身(み)の神(かみ)尚(なお)爾(しか)なり 況(いわん)や道場の神をや」
 弘決(ぐけつ)の第八に云く
 「常に人を護(まも)ると雖(いえど)も 必ず心の固きに仮(よ)りて神の守り則(すなわ)ち強し」」

(日蓮聖人著「道場神守護事」 55歳の時の著述)



「摩訶止観(まかしかん)第八に云(いわ)く 弘決(ぐけつ)第八に云く
 「必ず心の固きに仮(よ)つて神の守り則(すなわ)ち強し」云云(うんぬん),
 神の護(まも)ると申すも 人の心つよきによるとみえて候(そうろう)

(日蓮聖人著「四条金吾殿御返事」 57歳の時の著述)



「夫(そ)れ 浄土と云(い)うも地獄と云(い)うも外(ほか)には候(そうら)はず
 ただ我等(われら)がむね(胸)の間(あいだ)にあり
 これをさとるを仏(ほとけ)といふ,
 これにまよ(迷)ふを凡夫(ぼんぷ)と云(い)う」

(日蓮聖人著「上野殿後家尼御返事」 53歳の時の著述)







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コメント
Re: 日蓮と「心の法則」
ロンちゃん>
コメント,ありがとうございます。(゜゜)(。 。 )ペコッ

ロンちゃんも,私と同じように
「変わった」JWだったようですね。(笑)


ほんと,何かを「信じる」力(信仰,信念)というのは,
生きてく上での力を与えると私は思います。

私は,それが何であれ(「盲信」と呼ばれるようなものであっても),
信じる」という行為自体に,ある程度の価値を見い出します。

私も,信じるものは違えど,
日蓮や日妙のような,純粋な信仰を持っていたいです。

それは,信仰があれば,たとえば病気がなおるとか,不幸が訪れない
とかいう薄っぺらいものではなく,人生の酸いも甘いも経験し,
人生の「苦しみ」も「悲しみ」もすべて知っている男女が,
その「辛い状況の中で」一生懸命に信じたものでした。

「両眼よりひとつのなんだ(涙)を浮かべて候」と述べる人は,
また,いざという時には,「あなたと一緒に死にます」
とまで言ってくれる人(日蓮)は,そういう「辛いこと」を
すべて知っていたと私は思います。
2008/12/25(木) 23:07 | URL | possible #C454ixHI[ 編集]
Re: 日蓮と「心の法則」
possibleさん、日妙のことを教えてくださってありがとうございます。詳しいことは知りませんでした。

実は、日蓮と日妙の話は、私が現役の頃に再訪問していた方から聞いた話です。私が、イエスが女性に対し敬意を持って扱った話をしたとき、その方が信奉する法華経の日蓮も女性に優しく、付いてきた女性(日妙)もいた、キリストと同じだと言ったのが印象深く残っていたのです。ただ、日如だったか日妙だったか記憶が曖昧のままコメントしてしまいました。

日蓮は、かなり男気のある人だったようですね。「一緒に死のう」とはなかなか言える台詞じゃありませんものね。
そんな日蓮に会いたくて、鎌倉から佐渡まで行く日妙に思いは理解でき無くはありませんが、時代が時代なだけに驚きです。

現役の頃の再訪問先には、色々な宗教の方がおり、相手の話を聞いたり本をもらって読んだりしていました。(協会は禁じていましたが、自分達の話や雑誌を押しつけながら、相手のを拒むのは公平じゃないと思っておりましたので。)
カトリック・プロテスタントは勿論、「霊波の光」とか「真理の何とか・・(道だったかな?)」とか(すみません。また曖昧で。)は結構な幹部の方に話を聞かせてもらいました。「真理の・・」には、JWの会衆と同じに「幕屋」なるものがあり、小規模ながらキリスト教を奉じていました。

私が感じたのは、どの宗教でもそれを心から信じている人には力があり強いということです。対象が、神や仏ではなく人間だったとしてもです。


宗教(組織宗教)はJWで疲れてしまいましたが、日妙のような信仰(というより情熱に近いかな?)をもって生きていきたいと思っています。

2008/12/25(木) 04:01 | URL | ロンちゃん #ajLIxjsQ[ 編集]
日蓮と日妙
ロンちゃん>
教えてくださって,ありがとうございます。(゜゜)(。 。 )ペコッ
私は,ぜんぜん知りませんでした。
たぶん,専門家でも,ロンちゃんが感じたようには,
日妙のことを知らないと私は思います。
女性は,やはり,「敏感」だと私は感じます。

ところで,この記事で一番最初に引用されている
「乙御前御消息」というのは,
その「日妙宛に」書かれた手紙だそうです。
(「乙御前」というのは,日妙の「娘」のことですが,内容は日妙宛です。)

調べましたら,この日妙という女性は,
夫と別れ,女手一つで娘を育てた方だそうです。

そして,日蓮が佐渡に流罪にあった時,なんと
日蓮に会いに,鎌倉から佐渡まで,幼い娘を抱えながら行ったそうです。

普通,「流罪」(島流し)というのは,容易に人が近づけないから,
そう言うのでしょうけども,彼女は何と日蓮に会いに行ってしまった!
しかも,鎌倉から佐渡まで,当時は山賊とかもいる山道を歩いて。

はっきり言って,「すごい」です。
「すごすぎ」です。
しかも,幼い娘を抱えながら,です。

日蓮は,だから,この親子を見て「びっくり」したと思います。
「流罪にあった極寒の地」に,鎌倉の女性がいる。
しかも,幼い娘を抱えながら・・・。

当時,たとえ,新潟まで何とか歩いて行けたとしても,
そこからどうやって「海を渡った」のでしょうか。
今のように,「フェリーなどない時代」です。

ただ,日蓮に「会いたい」という気持ちだけが,
彼女をそこに連れて行ったのでしょう。

確かに,そういうのを考えると,この二人は,
「イエスと,マグダラのマリア」を彷彿とさせます。


さて,その後,日蓮は流罪から放免されて,身延に来ますけども,
当時は,蒙古から軍が攻めてきて,日本という国が「滅びる」か
という不安を人々が抱いた時代でした。

彼は,前述の「乙御前御消息」の最後の文章で,
日妙に対し次のように言います。

いかなる事も出来(しゅったい)候(そうら)はば
 是(これ)へ御(おん)わたりあるべし 見奉(みたてまつ)らん

 山中にて共にう(飢)え死にし候(そうら)はん」

(日蓮聖人著「乙御前御消息」
http://sgi.daa.jp/gosyo/title/G232.HTM


女手一つで子供を育てて,もう無理だという時は,
ここに来なさい。一緒に暮らしましょう。
もし,蒙古が攻めてきて日本ももう終わりという時には,
山中で一緒に飢え死にしよう(あなたと運命を共にします)。
というようなことを述べています。

当時,産業とかもない時代に,「女手一つで」子供を育てる
ということが,どれだけ大変なことだったか。

しかし,もうダメだという時には頼れる人がいる
それは,彼女を,どれほど勇気づけたことだろうと私は思います。

そして,日蓮のほうも,彼女(日妙)のことを大切に思い,
愛していた」ように私には見えます。
2008/12/23(火) 23:17 | URL | possible #C454ixHI[ 編集]
Re: 日蓮と「心の法則」
possibleさん、すみません!
日如ではなく、日妙です。
2008/12/22(月) 10:12 | URL | ロンちゃん #ajLIxjsQ[ 編集]
Re: 日蓮と「心の法則」
チビドナさん>
お忙しい中,コメントをくださって,ありがとうございます。(゜゜)(。 。 )ペコッ

たしかに,チビドナさんのおっしゃるとおりですね。

心の法則の観点からすれば,
「神を信じる」イコール「自分を信じること」です。
そして,それが自分の「自尊心」と直結してることが分かります。

インドでは,あいさつの言葉は「ナマステ」と言いますが,
それは,相手の中にいる仏(あるいは神)にあいさつをしてるのです。
だから,ナマステとあいさつをしながら,「両手を合わせる」のです。

日蓮は,別の箇所で,次のようにも述べています。

「抑(そもそも)・・・仏とはいづれの所にとたづね候(そうら)へば,・・・
 或(あるい)は西方(さいほう)等と申す経もしかれども
 委細(いさい)にたづね候(そうら)へば
 我等(われら)が五尺の身の内に候(そうろう)とみへて候(そうろう)。・・・
 仏と申す事も我等(われら)の心の内に をはします

(日蓮聖人著「十字(むしもち)御書」)


ここで述べられてる「仏」を「神」にすれば,
まさに,彼は,「心の法則」を述べてるのだと分かります。

彼は,私たちの「心の内に をはします」方
に対する「強い信仰」を教えているのです。
そして,“そこに”本当の「救い主」がいるのです。

そして,その「内なるもの」に対する強い信仰が,
どんな時にも,自分の人生を切り開いていく力を与え,
辛い時に,その人を「支える」のです。
2008/12/21(日) 11:47 | URL | possible #C454ixHI[ 編集]
Re: 日蓮と「心の法則」
ロンちゃんさん>
こちらへの初コメント,ありがとうございます。(゜゜)(。 。 )ペコッ

「日如」(?)という人の件については,
私は,まったく知らないので,コメントはできませんが,
イエスと同じく,あれだけの「情熱」や「思いやり」
のある人なら,人生の中で,「好きになった人」が一人や二人,
仮にいたとしても,別に何の不思議でもありません。

日蓮は,とりわけ,「女性には優しかった」ように私には見えます。

伝えられるところによると,彼は母親が亡くなったあと,
母の髪の毛」を,ずっと懐に入れていたといいます。

彼は,母を愛し,尊敬していたと思いますし,
また,とりわけ,迫害されて島流しにされた時なども,
孤独な」彼を助け,食料を届けてくれた女性に,
「愛情」を感じていたと思います。

だから,彼は,とりわけ,「女の人は成仏できない」(救われない)と教え,
また,女性を「忌むべきもの」,単に,「修行のさまたげ」となる存在
と考える既成仏教や,他の鎌倉仏教を厳しく批判したのだと思います。

そして,事実上,「女人成仏を教える唯一の仏教経典「法華経」に,
あれほどまでに,こだわったのだと思います。
2008/12/21(日) 11:08 | URL | possible #C454ixHI[ 編集]
こんばんは♪
日蓮の言葉、今読みました。


やはり自分の心の状態が大事であり、心の調子如何によって私たちは自分達の生活を悔いなく歩めるのか、歩めないのかということを再確認しました。


神を尊ぶ心が一般的な意味でも薄れつつある昨今ですが、心の法則という場合ではより一層神を尊ぶ心は必要になってきますよね。

何故ならそれが自尊心なわけだから
(=^▽^=)
2008/12/19(金) 20:58 | URL | チビドナ #GCA3nAmE[ 編集]
Re: 日蓮と「心の法則」
possibleさん、こちらではじめてコメントさせていただきます。

日蓮の手紙は、本当に心温まるものがありますね。女性信者さんが多いと聞きますが、分かる気がします。女性が虐げられていた時代に、女性に対し優しく扱ったのですから。(日蓮と弟子の日如?などイエスとマグダラのマリアのようです)

「心」についてですが、固き心が重要で、全てそれにかかっているのですね。神の保護や救いや力を疑わない(迷いのない)強い信仰心や強い心(確信)があれば、怖いものなしなのですね。確かに、それだけで一層の神の「平安」がありますよね。

一連の記事、ありがとうございました。
2008/12/18(木) 11:28 | URL | ロンちゃん #ajLIxjsQ[ 編集]
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