元エホバの証人一世、possibleの“独り言”的ブログ

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神の見え方

さて,聖書の中には,「神」に関して,
次のような興味深い説明が見られる。

「[自らを]清く保つ者には,あなたはご自身を清い者として示し,
 曲がった者には,ご自身をねじけた者として示されます。」
 -詩編 18:26。[新世界訳]



これは,考えてみれば,おもしろい説明である。
「曲がった者」には,神は,「ねじけた者として」示されるのだという。

ということは,である。
もし,神が「ねじけた者」に見えるならば,
私たちの現在の心がそういう状態にある
(気をつけた方がいい),ということだ。

聖書が,その人の心の状態を映し出す「」と言われるゆえんは,ここにある。


しかし,これは,「心の法則」の観点でとらえないと,よく分からないと思う。
というのは,エホバの証人のように,聖書を「文字どおりに」受け取る人なら,
エホバは元々「清い者」(究極に「清い方」)なのだから,
誰が見ても神は「清い者」に映るはずである。

しかし,実際には違う。

聖書は,その人の状態によって,「神の見え方がまったく違う」と教えている。

だから,もし,私たちの心の状態が「ネガティブ」なら,
神のことも,「ネガティブ」にとらえる。

それは,なにも,「神」のことだけではないと思う。
「ネガティブな人」にとっては,
目に見えるもの“すべて”が,ことごとく「ネガティブ」だ。

すべては,その人の「」(心の状態)が決める。

聖書には,次のような聖句がある。

「苦しむ者の日はどの日もみな悪い。
 しかし,心の善良な者には絶えず宴が[ある]。」
 -箴言15:15。[新世界訳]

「悩んでいる者の日々はことごとくつらく,
 心の楽しい人は常に宴会をもつ。」
 -箴言15:15。[口語訳]

「悩む者には毎日が不吉の日であるが,
 心に楽しみのある人には毎日が宴会である。」
 -箴言15:15。[新改訳]



同じ一日」なのに,人によって,こんなにも反応が違うのである。
同じ物事」を見て,こんなにも,ものの見方や感じ方が違うのである。

「同じ一日」(同じ24時間)を過ごすのなら,私たちは,いつも笑ってる
「心の楽しい」(ポジティブ)ほうの人になりたい。

そうすれば,毎日が「宴会」だ。(笑)

 ヽ(  ´  ∇  `  )ノ ワーイ


さて,次は,「ネガティブな言葉を決して吐いてはいけない
ということについて,述べてみる。
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コメント
ポジティブですね
ローリンさん>
あけまして おめでとうございます。
( ^.^)( -.-)( _ _)

ローリンさんは,海外にも何回も行かれて,
ほんと,行動力があって,活動的で,ポジティブですよね。
私も,少しは見倣いたいと思います。

「人脈」というのは大切ですよね。
人間は一人では決して生きてはいけませんし,
成功も,一人の力では,できません。

これからも良き出会いを大切にしてください。
私も,ローリンさんに出会えて良かったです。
ローリンさんに年賀状を出せばよかったかな。
2009/01/01(木) 17:59 | URL | possible #C454ixHI[ 編集]
Re: 神の見え方
possibleさん
明けましておめでとうございます。
今年もどうぞよろしくお願いいたします。

私は毎日が宴会で…
クリスマス会、同窓会、忘年会、友人のバースデーパーティー…

あ、その宴会ではないですね(^^♪


しかし、本当に不思議なのですが、自分の心がJWからきっぱりと離れたとたん、高校時代の友人から連絡があり、そこから人脈がどんどん広がって、本当に楽しくわくわくする日々です。

クリエイティブな仕事をしている人たちと知り合い、私の仕事とコラボしようという計画も持ち上がり…

しかも、possibleさんのブログを読んで、仏教についてもう少し知っておきたいと思っていたところでしたが、
まさに、そんな話のできる方とも知り合いました。

ここまで、話ができすぎると返ってそれをセーブしようと、ネガティブな自分が出てきてしまいます。
なので、完全なる宴会状態をめざして行こうと思います。

これから、どんなに楽しいことが待ち受けているのか、乞うご期待♪

明日からまたちょっと海外に行ってきます。時間があったらのぞきに来ますね。
2009/01/01(木) 15:05 | URL | ローリン #RgGjqjoQ[ 編集]
Re: 神の見え方
きたひろさん>
( ∂-∂)ノ(* ∂。∂)ノこんばんわぁ♪

いつも遊びにきてくださって,ありがとうございます。(゜゜)(。 。 )ペコッ

来年は,「もっともっと」積極的,ポジティブな人間になれるよう
お互いに努力していきたいですよね。

来年も,どうぞ,よろしくお願いいたします。
(゜゜)(。 。 )ペコッ
2008/12/31(水) 20:00 | URL | possible #C454ixHI[ 編集]
Re: 神の見え方
ロンちゃん>
貴重なご意見を,いつもありがとうございます。(゜゜)(。 。 )ペコッ

ヨブの友人に関しては,必ずしも神のことをネガティブにはとらえていません。
だから,「貴重な意見」も,そこに含まれています。
たとえば,ヨブ記22:21など多数。
(これは,エリパズの言葉です。
しかも,彼は,“please”「どうか」という言葉も使って礼儀正しい。)
http://www.watchtower.org/j/bible/job/chapter_022.htm#bk21

マーフィー博士の本には,ヨブの友人が語った貴重な意見が引用され,
その言葉を適用するように薦めてる部分もあります。

ヨブの友人が「神を否定的に見てる」というのは,ある意味,
ものみの塔による「偽りの慰め手」という言葉による
イメージ作戦でもあるかもしれません。

私は,彼らも,ヨブの「友」だと思います。
自分が思うことや気持ちを,素直に言ってくれるからですね。

そもそも,ヨブのことを心配しなければ,
ヨブのところに来ないのではないでしょうか。

それに,彼らは,ヨブが本当に苦しかった時,
少なくとも,ヨブを一人だけにする(孤独を感じさせる)ことはなかった。
「ずっとそばにいた」わけです。


いつも遊びにきてくださって,ありがとうございます。
来年も,どうぞ,よろしくお願いいたします。(゜゜)(。 。 )ペコッ
2008/12/31(水) 19:55 | URL | possible #C454ixHI[ 編集]
Re: 神の見え方
 possiblesさん ここをおとづれる皆さん、いつもありがとうございます。

 今、どんな状況にあろうとも、自分を信じて 外から持ち込まれる否定的な言葉などで悩むことなく、限りある人生を楽しんでいきたいですね。


 Possibleさんが紹介して下さった、聖書の言葉のように、「心に楽しみがある人」になって毎日が「宴」になるようにがんばります。 

 2008年も もう終わろうとしています、2009年はもっと前向きに、ポジティブに、皆さんに「心の平安」が訪れますように。

 多くのサイトを運営しておられる
 Possibleさんに心から感謝します。

 2009年もよろしくお願いします。
 
2008/12/30(火) 08:34 | URL | きたひろ #R.yfsfgE[ 編集]
Re: 神の見え方
possibleさん、こんばんは。

神の見え方ですが、確かに聖書中(ヨブ記等)でも、心がネガティブな人は、神を否定的に見てますね。参考になりました。

私も毎日「宴会」の人になりたいので、積極的な見方をしようと思います。

ちなみに、possible さんから「変わったJW」と褒めて?いただいた私ロンも一世です。無宗教(無神論)出身、自力本願者でした。

色々と為になる情報を有り難うございました。
possibleさんも、どうぞよいお年をお迎え下さい。
2008/12/29(月) 21:44 | URL | ロンちゃん #-[ 編集]
不遜な人間
koroさん>
コメント,ありがとうございます。(゜゜)(。 。 )ペコッ

ほんと,koroさんのおっしゃるとおり,
その言葉は,「意味が広い」ですよね。

ところで,私が,koroさんのほうが
koroさんの書籍研究の群れの人たちよりも,
より正確に」聖書を説明できるはず,と述べたのは,
それは,koroさんが,「原語から」調べるからですね。

だから,単に,日本語で「沈黙」と読んで,
「相手の話をよく聞く」というふうに適用し,
そして,その注解を聞いてる人たちも,
なるほどと思うかもしれませんけども,
しかし,原語では「おしになる」という意味があるとすれば
それは,「耳が聞こえない」という意味なのですから,
相手の話を「よく聞く」という適用は,少し,おかしいだろ
って思うわけです。

私が,「より正確に」説明してあげられると言ったのは,
こういう部分なわけです。
そして,その「おしになること」という意味は,
日本語の「沈黙」という言葉をいくら黙想しても出て来ないのです。

koroさんは,koroさんが「原語から調べた注解」を
ばかにするような人たちの言うことなど,
あまり気にする必要はないと私は考えます。

それは,koroさんがおっしゃってるように
ネガティブな人間」の言うことだからです。

その「ネガティブな人間」の言うことに耳を傾けたところで,
koroさんの聖書に関する知識がより向上したり,
霊的にさらに進歩できたり
なんてことは,絶対にないです。

そもそも,「自分の知識をひけらかすような」
という言い方が,ものすごく「くだらない」と思います。
普通に,koroさんのほうが「自分より上」である
と認めればいいのに,謙遜でないし,不遜だから,
そんな,くだらない言葉が口から自然と出てくるのです。
あの欽定訳を批判した,無知識・無見識の某おこりんぼうBと同じです。
2008/12/28(日) 15:43 | URL | possible #C454ixHI[ 編集]
Re: 神の見え方
possibleさん、こんにちわ。丁寧な為になる返信に感謝です。

 それにしても、ストロング ナンバーの2790番のハーラッシュは、意味が広いですね。だから、ゼパニヤ3:17は、翻訳者のセンスが問われますね。

 ハーラッシュは、{心を}to plow 耕す事、{心に}to engrave 刻み込む事だと、判断した人は、「神は愛によりお前を新たにし」と訳し、restと判断すれば「神は愛によりあなたに安らぎを与える」と訳し、新世界訳は「神は愛により沈黙される」ですから、違いがあり面白いですね。

 それにしても私が不思議に思うのが、JWは聖書より、文書を重視しているかのように、{文書には聖句の誤った適用もかなりあるのに}一生懸命に出版物から質問の答えを探して注解しようとされる点です。見たり、話を聞いていると滑稽なほどです。ゼパニヤ3:17なんて、書籍にはきちんとした詳しい説明はなかったんですから。だからpossibleさんのように聖書の原文を調べないと本当の意味での正しい注解は出てきませんよ。だからJWは聖書研究者というより、聖書の書籍研究者ですね。

 それから話は変わりますが、「啓示の最高潮」の本は日本のJWの協会では、もう出版しないみたいですね。あれだけ訂正が多ければ当然かと思いますが。

 
2008/12/27(土) 15:25 | URL | koro #b2lIPPks[ 編集]
「沈黙」の意味
koroさん>
いつも,おもしろいことを聞かせて下さって,ありがとうございます。
(゜゜)(。 。 )ペコッ

今回も,その状況を想像して,(@^▽^@)ははは
と「笑わせて」いただきました。

私は前から言ってると思うんですが,たぶん,
そこに出席してる人たちより,koroさんのようが
聖書を「より正確に」説明してあげられると私は思います

原語のことも,その人たちより,よくご存じです。

他の人は,「もっと謙遜になったほうがいい」と感じます。
そしたら,たぶん,koroさんは「もっと詳しく」説明してあげるはずです。


問題の「沈黙される」という部分を,いつものところで調べてみました。
原語は,「ハーラシュ」という言葉の変化形であると分かります。
そして,ストロングの辞書では,“hence (by implication) to be deaf
と書いてあります。
http://www.sacrednamebible.com/kjvstrongs/STRHEB27.htm#S2790

すなわち,「聴覚障害」(難聴者つんぼ)であること,
おしになる」ことを,ほのめかしてるわけです。
だから,このヘブライ語は,たとえば,詩編28:1では
耳の聞こえない者」と訳されています。

ということは,どちらかと言うと,
「黙って耳を傾ける」(話を聞いてあげる)というイメージよりは,
相手は時々「ネガティブな言葉」を吐いても,
それに決して注目せず,責めず,
聞かなかったふりをして,何も言わない
というイメージのほうが適切
かと思います。

すなわち,妻が時には感情的になって,
ヒステリックな言葉を吐いてしまうことがあったとしても,
夫はそれを一切責めない
妻には,そういう言葉を口走ってしまう時もあるって
ちゃんと分かってくれていて,
黙って,常に温かい愛でもって,
「海のような広い心で」見守ってくれる。

そういう感じではないでしょうか。

温かくて,「寡黙な」人。
黙ってるけど,いつもそばにいてくれて,温かい
時々犯す間違いは見逃してくれて,とがめることもない
そういうのを全部わかってくれていて,
その弱い部分もすべて含めて,心から愛してくれる

だから,その愛によって,彼女に「安らぎを与える」(「新改訳」のゼパニヤ3:17)
ことができるのです。そばにいて,安心できるからです。

そして,何も言わなくても,その目を見れば,愛を感じる。
(実際には,はっきりと,“I love you”と言ってくれるのですが・・・
http://godpresencewithin.web.fc2.com/pages/love/loveletter01.html

そんな感じではないでしょうか。

そう考えると,余計,神に「引き寄せられる」ように感じます。


 「その愛のうちに沈黙される。」-ゼパニヤ3:17。

素晴らしい神ですよね。
2008/12/26(金) 19:09 | URL | possible #C454ixHI[ 編集]
Re: 神の見え方
possibleさん、こんにちわ。JWの中はネガテブ人間は、多いですよ。

 昨日の書籍研究でそれは良く分かりました。

 私は、最後の質問だけ注解しただけだけど、「長すぎる。要点がぼやける」と散々文句をある姉妹から言われたんですからね。それに、私以外誰も挙手していなかったんだよ。「何を文句言うんだ」と、思ったね。

 ちなみに質問は、「助けを必要とする人を援助する上で同情が必要なのはなぜですか?」{ゼパニヤ3:16,17を開き答えよ}

 そう、ここの掲示板で論じられたテーマで、興味深いし他のJWにもこの有益な情報を知ってもらいたいと思ったから注解した。

 因みに私の注解はこんな感じでした。

 「ゼパニヤ3:17の中に「その愛のうちに沈黙される」という言葉がありますが、これを調べてみたら{possibleさんの掲示板を参照させてもらったのだが}、叫びよりも身振りよりも、沈黙によって表し示される最も深い新郎の愛、自分の妻{エルサレム}を愛する夫の愛つまり、言葉では表現しきれない深いアガペー愛でいつも私たちを見守ってくださる事を意味しているわけです。

 神が私たちを見守ってくださるとは、どんな事でしょうか?塔08年10/15のP4の写真がそれを示しているイメージです。これはお父さんとお母さんが我が子が自転車に上手に乗れるかなと、暖かく優しく見守っている写真ですが、エホバもイエスも、自転車で表されている人性の航路を、転ばずに歩めるようにと願いながら温かく見守ってくださっているのです。もし私たちが上手に自転車に乗れたら{人性の航路を正しく歩めたのなら}両親は{エホバ、イエスは}どう反応されるでしょうか?ゼパニヤ3:17では「幸福な叫びを上げてあなたの事を喜ばれる」とあります。別の翻訳では「喜びの歌を歌うとか、喜びのあまり踊られる」と、訳されている聖書もありますが、それだけ私たちの成功を喜んでくださる愛のある神なのです。

 もちろん私たちは不完全な人間ですから、時には自転車から転ぶかもしれません{人性の航路を誤るかもしれません}そんな時に両親は{エホバ、イエスは}私たちを咎められるでしょうか?もう一度やり直せばいいと考え、暖かく同情心を示されるのではないでしょうか?

 私たちも、ゼパニヤ3:17の神と同じような同情心を示して生きたいものです。」

 他の姉妹は、「ゼパニヤ3:17に愛のうちに沈黙されるとあるから、助けを必要とする人に助言をするよりその人の話を聞いてあげる事が必要です」と、本文に書かれている通りに短く注解された。

 私は集会の後で散々、「あの自分の知識をひけらかす長い分かりにくい注解は何だ。30秒ぐらいで注解して他の人の注解の権利を奪うな」と、注意されました。

 私はその言葉を聞き、今のJWは下らない人が多いと思いました。

 
2008/12/26(金) 10:48 | URL | koro #FV9mH/p6[ 編集]
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