元エホバの証人一世、possibleの“独り言”的ブログ

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神からの「プレゼント」

大乗仏教の経典に

 『心地観経』(しんちかんきょう)

という名の教典がある。

その教典の「名称」から分かるとおり,「」について大切なことを教えており,
からすべてのものが生ずると,その教典は説いている。

さて,その経典の中に,次のような興味深い言葉が書いてある。


 「過去の因(いん)を知らんと欲せば 其(そ)の現在の果(か)を見よ
  未来の果(か)を知らんと欲せば 其(そ)の現在の因(いん)を見よ」



これは,要するに,「原因と結果の法則」(因果の法則)について述べている。

つまり,現在の「結果」は,過去にその「原因」があり,
未来の「結果」を知りたければ,「現在,何をしているか」を見れば分かる
ということである。

これも,実に,奥が深い言葉である。


「過去」はもう変えられない。
それはもう「過ぎ去ったもの」である。
私たちが変えることができるのは,「未来」だけである。

しかし,その未来も,「現在の行動の結果」なのである。
だから,「現在,何をしているのか」が重要になってくる。


私は,かつて,ロバート・H・シュラー博士(Dr. Robert H. Schuller)が述べてくださった言葉を思い出す。

それは,英語では「」(現在)のことを

 "present"

と言うのだということを。

これは,日本語的に発音すると,

 「プレゼント

である。
すなわち,「贈り物」である。


シュラー博士は,こう言う。


 「なぜ,「現在」(今)を英語では"present"と言うのか。
  それは,神からのプレゼントだからだ」


と。


そう。
かけがえのない「」(現在)という時間。
二度と戻ってこない」その貴重な時間。
」というその時。

どんどん成長してゆく子供たちと過ごすその時間。
家族と共に食事をしたり,遊んだりするその時間。
みんなの笑顔。

二度と戻っては来ない,「という時間

あなたが大切だと思ってる人とも,いつかお別れする時が来る
厳しい現実だけど,それが真実である。

仏陀はそれを


 「生者必滅(しょうじゃ ひつめつ)
  会者定離(えしゃ じょうり)」


と表現した。

すなわち,生きている者には必ず死ぬ時が来るのであり,
出会いがあれば,必ず別れがある」ということである。

だから,その日がいつ来ても大丈夫なように,
という時間を大切にしよう

」,愛する人が隣にいるのなら,
愛する人の目を見て,抱きしめて,「愛してるよ」と言おう。
」言わなくて,いつ言うのか。
」花をプレゼントしなくて,いつプレゼントするのか。

ある日の夜,マーサという女性は,夫にこう訊ねた。


 「ねえピーター。
  もしわたしが死んでしまったりしたら,
  きっとたくさんのお金で花を買ってくださるわね。」

 「もちろんだよ,マーサ。
  どうしてそんなことを聞くのかね。」

 「その時には,20ドルの花輪も,わたしにとっては,
  何にもならないんじゃないかと,今思っていたのよ。
  でも,わたしの生きている間に
  ときどき一輪の小さな花をくだされば

  それはとても大きなことだわ。」

(ボブ・コンクリン著「人間の魅力」 創元社,1973年。104ページ。)



なぜ心臓が止まり,目が見えなくなり,耳が聞こえなくなるまで待つ必要があるのだろう。
今すぐ,喜ぶことのできる間に,どうして花を贈らないのだろう。

そう。神は,「」(現在)を"present"してくださったのだ。
だから,私たちは,「」この時を大切にしよう。

」を大切にする人に,きっと,明るい未来が待っていることだろう。



高鈴(こうりん) 「愛してる」 (「続夏目友人帳」ED)
(このPVの最後に映る,結婚式における「父と娘の演奏」をご覧ください。)






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コメント
コメント,ありがとうございます
emimonnさん>
コメント,ありがとうございます。(゜゜)(。 。 )ペコッ

「神が天幕を張って住む」という点に関して,次の記事で書いてみたいと思います。
2009/05/29(金) 23:20 | URL | possible #C454ixHI[ 編集]
No title
神が天幕を張って住む、、、、☆

ほんとすてきですね☆彡

その軒下に いつかはいりたい( ..)
2009/05/29(金) 22:10 | URL | emimonn #-[ 編集]
ありがとうございます
てなもんや さん>
コメント,ありがとうございます。(゜゜)(。 。 )ペコッ

聖書の「象徴的解釈」については,正直,私は,あまり他では説明したことはないと思います。
特に,それについて,強制したり,同意を求めたりすることもしないです。

うちの掲示板では,頻繁に言ってますが,JWは「ファンダメンタリズム」(fundie)なんです。だから,そのほとんどは,聖書を「文字どおりに」,そして,時には非常に「厳格に,言葉のまま」とらえます。ただし,都合の悪い部分のみ比喩的解釈になります。

そのJWの感覚で,聖書以外の他の「教典」や「聖典」なども見るから,それらも「文字どおりのとらえ方しかできない」んです。

しかし,このブログでも指摘してるとおり,今から700年前の日蓮は,仏教の経典の「象徴的解釈」をしてます。
それは,中国の唐の時代の天台もそうで,彼は「十界互具」「一念三千」と述べて,一瞬の思い(一念)の中に「地獄」も「天」も「仏界」もあると述べています。

だから,彼らが「地獄」や「浄土」について説明しても,それは,JWが考えるような「文字どおり」の地獄や浄土という意味ではありません。
http://godpresencewithin.blog86.fc2.com/blog-entry-26.html

「地獄」も「浄土」も,実は,私たちの「心の状態」を表してるのです。

だから私は,「聖書も,きっと同じだろう」と思ってるのです。

それがだんだん分かってくると,聖書の言う「新しい天と新しい地」を神は今つくっており,そこには「神が天幕を張って住む」,「砂漠に花が咲く」という表現なども,実は,「内面」のことを述べてる非常に美しい表現」(比喩的表現)なのだ,と分かってくるだろうと私は思ってます。

エホバの証人でさえ,それを,「楽園」以外の適用では「霊的パラダイス」と述べて,象徴的,比喩的に解釈しており,解釈としては,結構いいところまで行ってます。
しかし,エホバの証人の場合には,それを特に「組織適用してしまってるから,ダメなのだと思います。もっと信者の「内面」適用すれば,それなりに素晴らしい解釈ではないかと思います。
2009/05/29(金) 06:31 | URL | possible #C454ixHI[ 編集]
No title
「これらは,仏教やキリスト教に限らず,
世界のあらゆる宗教は,突き詰めていけば,
その人の「内面」,つまり,「心」について扱ってると私は思います。」

全くそのとうり だがや
JWの解釈でゆくと
直角定規で引いてしまうという
なんとも 寒い 形になってしまうのですね
possibleちゃんが あちこちで
聖書は比喩や例えを用いて
教えていると
発言してますが
私はあなたの 意見に
賛同しますし
それのほうが 自然に解釈できます

2009/05/28(木) 23:25 | URL | てなもんや #0zDVe/QE[ 編集]
世界のあらゆる宗教は,「心」について扱っている
てなもんや さん>
コメント,ありがとうございます。(゜゜)(。 。 )ペコッ

コメントに関しては,ついこの間,
「管理者自身が」拒否されました。(笑)

セキュリティ」の関係で,時々そうなってしまう時
があるかもしれませんが,それに懲りずに,
よろしくお願いいたします。
possibleも拒否されたことがあるんだ」って思えば,
そんなに気にならないと思います。(爆)


さて,仏教に関しては,ものみの塔協会がその昔
心理学」による救済と表現したように,
元々が「」(一念)について,たくさん扱っています。

イエス・キリストも,たくさんの「例え」を用いましたが,
実は,すべて,「」について述べています。
(と私は考えます。聖書は「心の法則」を,
 象徴や比喩を使って教えてると解釈してるからです。
 「天」というのは,その一つの象徴的表現です。)

これらは,仏教やキリスト教に限らず,
世界のあらゆる宗教は,突き詰めていけば,
その人の「内面」,つまり,「」について扱ってると私は思います。
2009/05/28(木) 20:22 | URL | possible #C454ixHI[ 編集]
No title
今日はUPできたあ!
ねこちゃんも 来てくれたんだ!
2009/05/28(木) 13:46 | URL | てなもんや #0zDVe/QE[ 編集]
No title
今日は コメントうまくUPできるかな?
possibleちゃん 心があたたまる記事ありがとね
仏陀の考え方に触れて行きますと
私にはイエス・キリストも同じ方向に向かっているように
感じるんです。
これからも 記事楽しみにしています
2009/05/28(木) 13:43 | URL | てなもんや #0zDVe/QE[ 編集]
ありがとうございます
きたひろさん>
コメント,ありがとうございます。(゜゜)(。 。 )ペコッ

聖書の詩編118編24節(新共同訳)には,こう書かれています。

 「今日こそ主の御業の日。
  今日を喜び祝い,喜び躍ろう。」
http://bbbible.com/bbb/bbbps1181.html#ps118

この聖書の言葉は,キリスト教圏ではよく知られてるようで,
シュラー博士はこの聖句を,「以前なんども聞いた聖書の一節」と述べています。

シュラー博士の本では

 「今日は神が創りたもうた日です
  皆,喜び,そして楽しみなさい。」

と書かれています。

ある「精神的な病」になった学校の先生が,
小さい頃に教わったこの聖句を繰り返し
回復して,三年後にまた,学校の先生に戻ったそうです。

それゆえ,シュラー博士は,

 「今やこの力強い聖書の一節の治癒力がすぐれた働きを示していた

と述べています。
(ロバート・H・シュラー著「積極的な考え方で成功する」
  産能大学出版部,昭和52年。44,45ページ。)


人生いろいろ。
「喜び」もあれば,「悲しみ」もあります。
すべて,大切な「今日」という日です。

どんな日でも,精一杯,生きたいですよね。
この命 ある限りは。

私たちは自分の力で生きてるように見えて,
実は,心臓でさえ,「自分の力で動かしてるのではないのですよね。
2009/05/27(水) 20:20 | URL | possible #C454ixHI[ 編集]
いつもありがとうございます
 possibleさん おはようございます。

 「今日は、神様からのプレゼント。」

 ある意味、実感します。

 自分は、今、母なる大地によって生かされています、農業と言う職業柄、特にそう思うのだけれど、自分はちょっとお手伝いをするだけで、育てはぐくむのは、自然という大きな方・・・、すべてにおいて感謝です。

 話し変わって、自分の事、妻がエホバの証人・自分10年以上研究して父の死と共に止めた、そこに信仰の無い者かな、きっかけは遠くから嫁いだ妻が知人もあまり居ない地での友人としての付き合いから、そんなところ、「いろいろあります、それが人生です」って思います。

 ここで、心にいい刺激を受けています、「I am」自分を導いてくれる「内なる神」に感謝です、「人を変えることは出来ないんだから自分の考えを変える事」・「否定的なことに囚われず物事を肯定的に」・・・これが今の自分です。

 ↑これは、ここを訪れてくださる方へ・・です、ちょっと書いてみました、自分の人生です楽しく前向きに生きましょうね。

 それでは、また、possibleさん、いつもありがとう。

 
2009/05/27(水) 06:48 | URL | きたひろ #R.yfsfgE[ 編集]
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