元エホバの証人一世、possibleの“独り言”的ブログ

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人に「頼られる」ということ

あまり「ネガティブ」なことは,努めて話さないようにしてるので,
あまり話したことはないが,今日は,今でもよく覚えてることを
皆さんに話してみようと思います。


かつて私は,「完全に自尊心を失ってしまった」時期がある。
1990年代の初めの頃のことである。

私は,いつも,「死にたい」と思っていた。
医者に診断してもらったことはないが,
たぶん,「うつ病」というやつだ。


この時期,私は,エホバの証人の集会から返ると,
いつも泣いていた」ように思う。
週3回の集会の帰り道の信号はいつも,「にじんでいた

もし,神がそう望まれるのなら,この「くだらない私の命」を,
いつでも取り去っていただきたい,と思っていた。
そして,泣きながら,そう祈った。
(しかし,神は,私の命を取り去れることはなかった。)


さて,この時期,うちの家の物置の「雨どい」に
すずめが,巣を作っていた。

ある時,この巣に,すずめの子が足をからませ,
何度もバタバタしても,なかなか抜け出せなかったらしく,
片足が完全に折れて,ダメになっていた

私は,はしごに登って,
そのすずめの足に,からまってしまったものをほどき,
そのすずめの子を助けてあげた。

そして,介抱してあげようと思って,家の中に連れて行き,
居間のテーブルの上にティッシュを何枚か敷いて,
その上に載せてあげた。

しかし,片足が完全に折れてダメになっていたので
そのまま置くと,「バランスを崩して」倒れてしまうのであった。

だから,私が,その子が倒れてしまう側に
手を添えて」,支えてあげた。

だから,私が,手をのけると,
そのすずめは,バランスを崩して,倒れてしまうのであった



その時のことであった。
今でも,よく覚えているのは。

私が,手を少し,ずらした時だった。

そしたら,そのすずめが,
私の手に近づいてきた」のだ。
もう一つの,大丈夫なほうの足を一生懸命に使って。


私は,「偶然」かと思ったので,
もう一度,同じことをしてみた。

そしたら,そのすずめは,もう一度,
私の手に近づいてきて,
私の手に寄りかかったのだ!


この時の気持ちは,何年経った今でも忘れない。
(今でも,思い出すと,涙が出てくる。)

私は,こう思った。

 「今,このすずめは,私の手に寄りかかっている
  私がこの手をずらしたら,この子は倒れてしまう。
  そう。私は今,頼られてる。」



そう思ったんです。

私は,たぶん,その時,はじめて
誰かから,頼られるという気持ちを味わったのだと思う。

そのすずめは,安心したように目を閉じて
私の手に「寄りかかってくれていた

私は,そのすずめの頭をやさしくなでて,
誰よりも,「いとおしく感じた


残念ながら,そのすずめは,介抱のかいもなく,
次の日には亡くなってしまった。

私は,泣いた。
すごく泣いた。

私には,そのすずめが,
私の手に,安心して「寄りかかってくれた」このすずめが,
わたしの命よりも大切に思えた

神は,なぜ,私の命を取り去って,代わりに
このすずめを助けてくださらないのだろうと,泣きながら,本気で思った。

私は,主イエスの言葉を思い出していた。

「すずめ五羽はわずかな価の硬貨二つで売っているではありませんか。
 それでも,その一羽といえども神のみ前で忘れられることはありません。・・・
 恐れることはありません。
 あなた方はたくさんのすずめより価値があるのです。」
 -ルカ 12:6,7。[新世界訳]


神は,その一羽も,決して「忘れない」のだという。

私も,たぶん一生,「忘れることはない」だろう。
私の手に「寄りかかってくれた」すずめのことを。


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コメント
ローリンさん>
コメント,ありがとうございます。

ほんと,ローリンさんのおっしゃるとおり,
私も,「本当の愛」を求めていたんだと思います。
しかし,そこに,本当の愛はなかった,と。

掲示板では紹介していますが,
私の一番好きな聖句は,箴言19章22節(新改訳)です。

そこには,
「人の望むものは,人の変わらぬ愛である」
と書かれています。

私は,一時的な愛,条件付きの愛,変わりうる愛には興味はありません。

組織の中における愛は,すべて「条件付きの愛」です。
私たちがエホバの証人でなくなれば,同時に「消滅する愛」でしかありません。


「すずめ」の命というのは,人間に比べたら,取るにたりないものです。

しかし,そのすずめは,私に頼ってくれた。
ほんの一瞬の間だけだったけど,少なくとも,
その当時,組織の中で,ちっぽけな存在にしかすぎなかった
この私を信頼し,頼ってくれたわけです。

私の手に自ら近づいて,「寄りかかって」くれるというその行為は,
「ゾクゾク」っとくるものでした。
(まんがで言うところの「ジーン」という感じでしょうか。)

それは,私の頭ではなく,「心が」感じたものでした。
それは,正確には,言葉では表現できないです。
組織の中の人間関係では決して感じなかった何かを,
そのすずめと間に感じ取ったのだと思います。

神はたぶん,その組織「以外」のものから,
多くの事柄を教えてくれるのだと思います。
2009/10/07(水) 21:22 | URL | possible #C454ixHI[ 編集]
smile さん>
コメント,ありがとうございます。

私は,「完全に」自尊心を失いまして,
その自尊心が,今でも回復してるかと言えば,そうでもないんですよね。

だからこそ,うちのサイトでは,口を酸っぱくして,
」と「自尊心」を強調してるんだと思います。
http://godpresencewithin.web.fc2.com/pages/other/mokuteki.html


私には,よく分かりませんけども,
「誰かから深く愛された」という記憶がなく,その点,
自分で自分を愛してあげなければ・・・。でなければ,いったい誰が」
という気持ちが強いです。

そして,常に,自分に対して
「私は素晴らしい。私は価値がある」
と言ってあげる必要があるようです。

ま,「自信過剰」の人間よりは,いいのかもしれませんが,
ある程度の自信や,健全な自尊心は必要ですよね。

2009/10/07(水) 20:53 | URL | possible #C454ixHI[ 編集]
お久しぶりです
暖かさを感じることのできない集会・・・
神を求め、愛を求めていたのに・・・
私も、ずいぶん泣きました。



神様からの贈り物だったのかもしれませんね。

すずめにとってはpossibleさんが・・・
possibleさんにとってはすずめが・・・

そして、小さな小さな魂であっても、
魂どうしは繋がれるんですね。

とても素敵なお話です。
ありがとうございます。
2009/09/26(土) 13:12 | URL | ローリン #RgGjqjoQ[ 編集]
あのころ
  『かつて私は,「完全に自尊心を失ってしまった」時期がある。』

ありました、私も。そして毎日毎日、人知れず泣いていました。

すずめのお話を読んで、涙があふれ出ました。
小さな小さな命が必要とした身体の安定と、そしてなによりも『安心感』。
possibleさんの手によりかかっているとき、すずめがどんなに深い安らぎとあたたかさを感じたことか。

possibleさんの、やさしいお人柄が伝わってきます。
今日の記事、ほんとうにありがとうございます。
2009/09/22(火) 22:19 | URL | smile #195Lvy4Y[ 編集]
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