元エホバの証人一世、possibleの“独り言”的ブログ

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自分の「才能」を埋めていないか

さてっと,そろそろまた,「更新」というものをしてみますか。
もしかしたら,更新を楽しみにしてくれてる人もいるかもだから。

今日は,何を話してみましょうかね。

前にも話したことがあるかもしれませんが,
タラントのたとえ話」を取りあげてみましょうか。
これは,うちの掲示板でも話したし,他の人のブログでも話した。
でも,知らない人もいるかもだから,話してみる。


タラントのたとえ話」というのは,エホバの証人なら,
私が,わざわざ説明しなくてもよく知ってる。
それは,「マタイ25章」に出てくる。

ある日,ご主人が旅行に行くことになった。
そして,自分の奴隷たち(いわゆる,現代で言う従業員)を呼び寄せ,
ある人には「5タラント」,別の人には「2タラント」,さらに別の者に「1タラント」をあずけた。

そして,そのご主人の旅行中に,5タラントの人は商売をしてさらに5タラントもうけ,
2タラントうけとった人も,もう2タラントもうけた。

しかし,1タラントうけとっていた人は,何もせず,地面の中に埋めておいた。
だから,もうけはなかったので,主人に厳しく罰せられた。



という話である。


この適用に関しては,ものみの塔協会では,もちろん「宣教」にあてはめられている。
(正確には,「キリストの弟子を作る使命」だとか,
 「宣べ伝える業を十分に行なって天の主人の持ち物を増やすために働く」などと表現されている。)

だから,いわば,宣教(宣べ伝える業)において何の努力もしない人(「弟子を生み出す」面での努力を怠ってる人)は,
主人に裁かれる,という結論に達せざるを得ない。


このJWの解釈(適用)に関しては,現役の時から,何とつまらないものだろうと思っていた。

しかし,「新キリスト教辞典」は,「賜物」という項目で,
このたとえ話に関して,次のように述べる。

「8.賜物をどう生かすか.
 賜物を健全に認識し使用するための知恵もまた,賜物の与え手である神のものである.
 聖書が至る所でそれを教えている.直接賜物に言及している箇所に限らないが,
 イエスの語られたタラントのたとえ(マタイ25:14‐30)はその代表である.
 この話のタラントの原語〈ギ〉タラントンから由来した〈英〉タレントは,
 英語のみならず今や日本語としても「才能」を意味する語として使われるに至った

 ミナのたとえ(ルカ19:12‐27)も同趣旨であるが,この二つの話から,
 hide ones talents in a napkin(自分の才能を持ち腐れにする)という言い回しが生れたほどである.
 両方のたとえ話に共通する「だれでも持っている者は,与えられて豊かになり,
 持たない者は,持っているものまでも取り上げられる」という結論的な教訓は見落せない.
 「持っている」とは,ただ持っているとか,なくさないとかいうのではなく,
 「使っている」という意味である
与えられても使わないのは,持っていることにならない
 賜物は,それを与えた方の意図に従って用いられるために与えられたのである.」

(「新キリスト教辞典」いのちのことば社,1991年。890ページ。)



この「新キリスト教辞典」の説明は,私は現役のJWだった時から知ってるし,
何度も掲示板などで引用して説明してきた。

しかし,今,マーフィー理論が少しずつ分かり始め,
聖書がことごとく,「心の法則」(人の「心の働き」)について述べてるものだと分かってくると,
この「たとえ話」(象徴,比喩)の意味が,もっと,ぐっと心に迫ってくる。

聖書は,「宣べ伝える業」にもっと参加したり,
「弟子を作る」ことについての教訓を述べていたのではなく,
神から与えられたあなたの「才能」(talent)を地中に埋めて,
持ち腐れにしてはいけないよ
,と教えてくれてるのだと。

どんなに少なくても,「1タラント」は与えられてるのです。

しかし,世の中には,その「1タラント」が与えられてることにも気づかず,
いわば,地中に埋めたままで,人生を終わる人が何と多いことだろう。

神は,きっと,その時に,「どうしてそのタラントを生かさなかった
と問われるのだろうと思う。

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コメント
Re: 自分の「才能」を埋めていないか
koroさん>
壁]。∂)ノ こんにちわぁ♪

外国では,「タラント」も“talent”というスペルですし,
普通に,その言葉で「才能」を意味する言葉として普段使ってるのですから,
「誰でも知ってる」はずですし,それが「自然な使い方」というものです。

そもそも,その「才能」という意味の英語の「語源」が,
その聖書のギリシャ語なのです。

それなのに,ものみの塔協会の出版物では,あえて,
この意味を信者に,ほとんど説明しません。
まるで,その「才能」という意味のほうが「間違い」で,
ものみの塔協会の説明(解釈)が,“唯一正しい”ものでもあるかのように。

この“talent”という言葉の「意味」を知ってる日本のJWが,
いったい,どれだけいるのでしょうか。

普通に,「才能」という意味として使い始めた昔の人のほうが,
ものみの塔の今の「こじつけ解釈」より,どれほど素晴らしいだろうと感じます。

「宣べ伝える業」に参加し,それに貢献する
(要するに,家庭聖書研究を司会して,弟子を作る)ことを
このたとえ話は教えている,などと「こじつけた解釈」を言うことにより,
聖書の素晴らしさを,むしろ,人々に分からなくさせてるのではないか
と私は思います。
2008/11/16(日) 16:11 | URL | possible #C454ixHI[ 編集]
Re: 自分の「才能」を埋めていないか
possibleさん、こんばんわ。興味深い投稿、有難うございました。

 私も英語の辞書でtalentを調べてみましたが、{1}才能、{2}才能のある人々、{3}聖書のタラント{古代ギリシャ、エジプトなどの重量や貨幣の単位 {語源}元来はギリシャ語で「はかり」の意で、それから貨幣の単位{タラント}の意味となった。現在の意味は新約聖書のマタイ25:14,15の次の例え話に由来する。 「主人は外国に旅行に出るにあたり、奴隷たちを呼び寄せて、自分の持ち物をゆだねました。そして、ある者には5タラント、別の者には2タラント、さらに別の者には1タラントと、各自の能力に応じてひとりひとりに与えてから、外国に行きました。」と、書かれていました。

 確かに,possibleの言われるように、talentは、今では{1}{2}の用法が圧倒的に多いけど、元来は聖書の例え話が語源みたいですね。

 ことわざでも、豚に真珠など、聖書が語源のものもありますものね。
 
2008/11/15(土) 22:27 | URL | koro #b2lIPPks[ 編集]
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