元エホバの証人一世、possibleの“独り言”的ブログ

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「三位一体」の教理と,「内在する神」(聖霊)

今日は,キリスト教会の中心的教理である「三位一体論」と,
「心の法則」との関連(共通点)について述べてみたいと思う。

三位一体」と言っても,私は専門家(神学者)ではないので,
自分なりに理解してる事柄が言えるのみであるけれども,
今日は,私が今,理解できてる範囲で述べてみたいと思う。


さて,私が「心の法則」(マーフィー理論)を説明する際,
どうしても,「内なる神」という表現を頻繁に使う。

しかし,これが,エホバの証人の出版物を研究し,その集会に定期的に出席し,
こうして,「エホバの証人の教理」に完全に染まってると,まったく理解できない。
なぜなら,エホバの証人にとっては,
神(エホバ)とは,「外なる神」のことだからである。
簡単に言えば,神とは,「自分の中にいる神」のことではない。


話はずれるが,昔,エホバの証人は,神とは,「プレアデス星団
(その中の特に「アルシオン」という名の星)に住んでいると考えていた。
http://www.quotes-watchtower.co.uk/god_s_throne_-_pleiades.html

この星団は,「牡牛座」の一部で,日本語名は「すばる」とも言う。

ものみの塔協会二代目会長の,J・F・ラザフォードが書いた「和解」という本には,
聖書の歴代第二6:21と,ヨブ記38:31を引用しつつ,次のように書かれている。

「此(こ)の昴宿(ぼうしゅく)七星の一つが最高の天に位(くらい)して
 其処(そこ)が神エホバの御座所(ござしょ)だと称されている。・・・(略)
 
 其(そ)の重要性に就(つい)ては他の巨大なる諸星(しょせい)も
 此(こ)の昴宿(ぼうしゅく)には到底及ばず,
 何故(なにゆえ)なれば昴宿(ぼうしゅく)
 神エホバの永遠の宝座
(みくら)であるからである。」

(J・F・ラザフォード著/明石順三訳「和解」 万国聖書研究会/灯台社,昭和5年。15ページ。)



このように,初期の「聖書研究者」にとっては,
エホバ神とは,宇宙内の,ある特定の「星団」(プレアデス星団,すばる)の,
さらに,その中の特定の「星」(アルシオン)に住む方だったのである。
(この点で言えば,ある意味,「神」とは,
 まるで,ウルトラマンのような「宇宙人」である。)

その星(約「400光年」のかなた)から,神は,
はるばるこの地球上に息子(イエス)を送り,
また,はるばる,その星の御座から,地球の各地に聖霊(神の活動力)を送って,
いろいろなことを成し遂げていると考えていた。


現在,エホバの証人は,神は「ある特定の星団の星」に住んでいる方
とは考えていないが,しかし,神は「天」に座し,
そこにある「御座」から(神は動かずに),み使いに指示したり,
聖霊(活動力,エネルギー)を送っている(特に,組織に)と考えている。

だから,エホバの証人にとっての「神」とは,
あくまでも,私たちとは別の場所(天)に住む,
しかも,なんとなく,「遠い存在」(私たちから物理的に離れた存在)である。
そして,その「自分から遠く離れた存在」に向かって,彼らは日々,祈るのである。
だから,たとえ「神が深く気遣ってくださる」としても,
それは,せいぜい,「遠くから見守っている」という感じである。

この観点からすれば(そのような思想に常に接していれば),
心の法則で言うところの「内なる神」の意味を,全く理解できないのは当然である。
だから,簡単に言えば,「エホバの証人の教理」と「心の法則」とは相容れない


しかし,こと「キリスト教会」に限って言えば,
「心の法則」をまったく理解できないわけではない(共通点がある)ことを,今日は説明したいのである。
そこで,今日のタイトルである「三位一体」の教理に,多少,言及する。

実は,キリスト教会においても,エホバの証人と同じように,
「父なる神」というのは,「天」にいて,
私たちとは明らかに,別個の場所に住んでいる。

しかし,同時に,その「父なる神」は,三位一体の教理によれば,
「子なる神」(イエス)であり,「聖霊なる神」なのである。

聖霊なる神」という言い方は,エホバの証人にとっては,分かりづらいかもしれないが,
簡単に言えば,私たちの中に「内在してくれる神」のことなのである。
その「内在する神」「信じる者の内に宿っていてくださる神」のことを,
三位一体の教理では,「聖霊」と呼ぶのである。

この点で言えば,心の法則で言うところの「内なる神」を,
三位一体論者は,まったく理解できないわけではないと思う。
というのは,三位一体の教理でも,「内在する神」(聖霊)を信じているからである。

そのことを,聖書は,非常に分かりやすく,
しかも,非常に美しく,次のように述べる。

「あなた方は,自分たちが神の神殿であり,
 神の霊が自分たちの中に宿っていることを知らないのですか。」
 -コリント第一 3:16。[新世界訳]

「イエスを死人の中からよみがえらせた方の
 霊があなた方のうちに宿っているのなら
 キリスト・イエスを死人の中からよみがえらせたその方は,
 あなた方のうちに住むご自分の霊によって,
 あなた方の死ぬべき体をも生かしてくださるのです。」
 -ローマ 8:11。[新世界訳]



残念ながら,コリント第一3章16節の聖句にあるとおりなら,
エホバの証人は,自分たちの中に「神の霊が宿っているなどとは知らない
しかし,三位一体論者は,知っている。
なぜなら,「聖霊」とは,私たちの中に「内在する神」だと彼らは知っているからである。

おまけに,エホバの証人は,次の聖句の意味も,本当にはよく分からない。

「[あなた方の]信仰により,あなた方の心の中に
 愛をもってキリストを住まわせてくださるようにするためです。」

 -エフェソス 3:17。[新世界訳]



聖書によれば,キリストも,私たちの中に「住んで」くださるというのだという。

しかし,エホバの証人によれば,キリストは現在,「天」にいて,
特に,1914年以来,王として統治し始めているのだという。
エホバの証人にとっては,このように,イエスとは「遠い存在」(物理的に)である。
その,遠く天にいる方が,どうやって,その人の中に「住む」というのだろう。
たぶん,エホバの証人の教理では,理解できまい。

しかし,三位一体論者にとっては,これは自明のことである。
なぜなら,「聖霊」という形で神は常に「内在」しており,
しかも,三位一体の教理によれば,聖霊=イエスである。

さらに,ここでは,あまり考慮してないが,
三位一体論では,神とは,「遍在」する方なのである。
つまり,簡単にいえば,「どこにでも存在できる方」なのである。

しかし,エホバの証人の教理に,「遍在」という考えはない。
神とは,あくまでも「天」にいて,私たちから「遠く離れて」いる。


このような考えなので,エホバの証人は,聖書の意味を理解できず,
「新世界訳」の翻訳において,「重大なミス」を何度も,しかも,徹底的に犯す。
たとえば,このような聖句を。

「その日にあなた方は,わたしが父と結びついており
 あなた方がわたしと結びついており
 わたしがあなた方と結びついていることを知るでしょう。」

 -ヨハネ 14:20。[新世界訳]


ここで何度も「結びついて」と訳されているギリシャ語は,
エン」という言葉(前置詞)で,その字義的な意味は「in」(~の中(内)に)である。
だから,「新共同訳」では,その同じ聖句が次のように訳されている。

「かの日には,わたしが父の内におり
 あなたがたがわたしの内におり
 わたしもあなたがたの内にいることが,あなたがたに分かる。」

 -ヨハネ14:20。[新共同訳]



まったく,「字義どおり」の,素晴らしいとしか言いようのない翻訳である。

それに対して,新世界訳では,「字義訳」と謳っていながら,
実際には,翻訳者には,その原文の意味がまったく理解できず,
「結びついて」というまったく別の訳語に変えて,
自分たちの教理に合わせるように変更している。

こうして,ヨハネの書いた書物のキーワードとも言うべき大切な言葉を
「まったく違う意味に」取り替えて訳し,
こうして,聖書の「元々の意味」が失われるのである。

この「結びついて」と訳されてる言葉が,
実際には「内にいる」という意味であることが理解できると,
前に引用したローマ8章11節の聖句も,きちんとその「文脈」(10節)から理解できるであろう。

「しかし,キリストがあなた方と結びついているなら
 (「キリストがあなたがたの内におられるならば」新共同訳),
 体は罪のゆえに確かに死んでいるとしても,
 霊は義のゆえに命となっているのです。
 そして,イエスを死人の中からよみがえらせた方の
 霊があなた方のうちに宿っているのなら
 キリスト・イエスを死人の中からよみがえらせたその方は,
 あなた方のうちに住むご自分の霊によって,
 あなた方の死ぬべき体をも生かしてくださるのです。」

 -ローマ 8:10,11。[新世界訳]




エホバの証人は,「三位一体」という教理を
意味不明な(不可解な)教理として退けるが,
実際には,三位一体の否定こそ,神を私たちから「遠い存在」とし,
神は,「私たちの中にさえ住む」(神ご自身が,信じる者の内に住んでいてくださる
という聖書の教理を分かりにくくさせているのである。

エホバの証人にとっては,神は「身近な存在」と思おうとしても,
その方は,実際には,「私たちから(物理的に)遠く離れた場所」にいるだけである。
せいぜい,その「遠くの場所から神は眺め,見守り,
聖霊(活動力)を送り,み使いを送り,組織を通して助けるだけだ。


しかし,聖書は,神は,私たちの「かたわら」(共に)にいて慰めてくださる
と教えるだけではなく,さらに,友が「寄り添う」よりももっと近く
つまり,「私たちの中に」入り,「そこに住む」と教える。

それは,たぶん,あなたが思ってる以上に身近」であろう。

聖書が,言うとおりである。

「人々が神を求めるためであり,それは,彼らが
 [神]を模索してほんとうに見いだすならばのことですが,
 実際のところ[]
 わたしたちひとりひとりから遠く離れておられるわけではありません
 わたしたちは[神]によって命を持ち,動き,存在しているからであり,
 あなた方の詩人のある者たちも,
 『そはわれらはまたその子孫なり』と言っているとおりです。」
 
 -使徒 17:27,28。[新世界訳]




では,この記事の最後に,日本のキリスト教会で,
おそらく最も有名な書物の一つから,引用してみたい。
これは,昔,福音派の「神学校」で用いられていた教科書の一つである。

「神とわたしたちの関係を表わすには,
 神がわたしたちの近くにおられるという表現も
 まだ十分に親近性を描き出しているとは言えない

 神はわたしたちの内におられる
 わたしたちの魂こそ,神が最もいつくしむ住家(じゅうか)なのである。
 神はわたしのそばに立っていてくださると考えるのは
 星の輝くあの夜空のかなたに
 神の宮を移してしまうのと同じくらいの間違いである。」

 (ヘンリー・シーセン著「組織神学」 聖書図書刊行会,1961年。204ページ。
  神の「遍在性」を示すために,そこに引用されている,「ファーバー」という人の言葉より抜粋。)




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コメント
syainさん>

こんばんは。
カキコ,ありがとうございます。

すいません。
今まで,コメントが「承認」制になっており,
管理者自体がコメントがあったことに気づきませんでした。
申し訳ありません。

「旧約聖書の神」と「新約聖書の神」が「別物」のように感じる
という点に関しましては,言いたいことは分かります。

うちの掲示板でも,その点について何度も考慮してきました。
そして,「マルキオン」という人の名も,話題に何度も出てきてます。

また,海外においても,「暴露されたエホバ」という
元エホバの証人が書いた本に,それらしき見解も書かれています。

ただし,私個人は,基本的に,旧約聖書も「象徴的に」書かれており,
「心の法則」(私たちの内面)を表わしていると考えています。
旧約聖書の知識をぬかすと,たぶん,神が
「I AM that I AM」(私は私だ)と言ってる意味も分かりません。
つまり,神とは,簡単に言えば「わたし」(本当の私)という意味なのです。
2010/12/17(金) 22:09 | URL | possible #C454ixHI[ 編集]
 聖書を研究していたことがあります。 
旧約聖書の神と新約聖書の神は、別物のように感じます。
旧約聖書の神が宇宙人と言うのには、納得ですね。もっと早くその訳を
知りたかったです。現代人には、その訳を大々的に宣伝したほうが、納得すると思います。真面目な話。
 新約聖書の神は、ハイヤーセルフの事のように思えてなりません。肉体は神の器。ハイヤーセルフが降りてくる入れ物。かな?

 ザ、シークレット見たことあります?宗教がらみのモヤモヤ解消してくれます。特に最後のあたり。 
  
 真実が見つかりますように…愛を込めて…
2010/12/02(木) 02:26 | URL | syain #halAVcVc[ 編集]
目が開かれる
きたひろさん>
内なる神さん>
コメント,ありがとうございます。
「内なる神」さんは,「koroさん」のことでしょうかね。

神様のウルトラマン説は,面白い考えですよね。
まあ,正確には,「ウルトラマン説」ではありませんけども。
今のエホバの証人は,そういうの,知らないんでしょうね。
自分たちの団体が,「ずっと信じていたこと」なのに。


なお,ゼカリヤの聖句に関しましては,
はっきりと,そういう意味だと断言はできないでしょうが,
しかし,その前の節(10節)から,すでに
あなたのうちに住む」という表現があり,
「これは,もしかして」って思いますよね。

JWの教義に染まっていれば,その聖句を読んでも,
そんなことは全く考えもしないし,気づきもしないのに,
その聖句の,

 「うちに住む

という表現に,「お」っと思うのが,
目が開かれる」(気づき)という経験なのではないでしょうか。
http://godpresencewithin.blog86.fc2.com/blog-entry-7.html

2010/05/31(月) 20:53 | URL | possible #C454ixHI[ 編集]
possibleさん、こんばんわ。

 ご指摘のとおりで、JWには、「内なる神」という教えは存在しません。JWの言うエホバとは、外にいる規則がお好きな外部の神なのです。

 ところで、塔10年3月15日号 「一つの群れ、一つの羊飼い」にありましたが、ゼカリヤ2:11の聖句も、「内なる神」を述べていませんか?

 (ゼカリヤ 2:11) 「またその日,多くの国の民が必ずエホバのもとに加わり,まさしくわたしの民となる。わたしはあなたのうちに住む」。それであなたは,万軍のエホバ自らわたしをあなたにお遣わしになったことを必ず知るであろう
2010/05/31(月) 00:06 | URL | 内なる神 #-[ 編集]
こんばんは
こんばんは、possibleさん。

いつも感性をしげきされる記事ありがとうございます。

「内なる神」・「神の遍在性」こう説明されると「すーっ」と心に入ってきます。

神様のウルトラマン説?なんていうのもあったんですね。

人類が他の恒星系に旅行できるようになった時に、そこに移住して時が経って子孫が増えたらそんな風になったりして・・・(スタートレック状態ですね)。

今日は、息子を学校の寮に送ってきたため、こんな時間まで起きていた きたひろでした。
2010/05/30(日) 23:15 | URL | きたひろ #R.yfsfgE[ 編集]
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