元エホバの証人一世、possibleの“独り言”的ブログ

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スピリット = 霊 = 精神

今日は,私自身が,昔から不思議に思っていたというか,
興味深い事実を指摘したいと思う。

この記事は,私自身が完全に理解して言ってる事柄ではないので,
きちんとしたことは書けないとは思うが,述べてみたいと思う。


それは,英語の「スピリット」(Spirit)という言葉について,である。

これ,直訳は「」であるけども,
精神」と訳すこともできる。

だから,ものみの塔協会の日本語に訳された出版物において,
通常,「霊的」と訳されてる言葉は,
日本語では,「精神的」と訳すことも可能である。


まあ,これだけの知識なら,あえて,ここで言う必要もないだろうが,
これを「心の法則の観点から見ると
この言葉には「深い意味」が込められてるように個人的には思えるのである。
(あるいは,古代の人は,すでに「心の法則」に気づいていたのではないのか。)

というのは,たとえば,聖書の中に「悪霊」というのが出てくる。

通常,エホバの証人にとっては,
それは「悪いみ使い」(堕落したみ使い)という意味であるが,
この「霊」という言葉を「精神」ととるならば,
それは,「悪い精神」という意味になる。

こう考えれば,「悪霊に支配されてる」という聖書の言葉が,
現代においても,十分通用する言葉であることが分かる。
つまり,その人は,「悪い精神に支配されている」ということだ。


また,「聖霊」という言葉がある。

これは,文字どおりには,「聖なる霊」と読むが,
これも,「霊」を「精神」と解釈するならば,
それは,「聖なる精神」(聖(きよ)い精神)という意味になる。

これもまた,「悪霊に支配されてる」という言葉がそうであったように,
「聖霊に満たされる」という聖書の言葉も,
聖なる,清くて,良い精神に満たされている」という意味に解釈できる。


また,「神は霊である」と聖書にはある。

これなども,「霊」を「精神」ととらえるなら,
それは,「神は精神である」とも解釈できる。
つまり,その場合,「私たちの精神(心)そのものが神である」ということだ。
それは,神が「私たちの内にいる」と考える「心の法則」と調和する。


こう考えると,「悪霊」に支配されるのも,「聖霊」に満たされるのも,
すべて,私たちの精神」(心)次第
「心構え」次第,「考え方」次第だということが分かる。


聖書は,やはり,「心の法則」の観点から見た方が,よく分かると私は思う。
つまり,聖書は,私たちの「内面」について教えてくれてるのだと。


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