元エホバの証人一世、possibleの“独り言”的ブログ

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私の好きな聖句,「箴言19章22節」

今日は,私が,昔から

 一番好きな聖書の言葉

を紹介してみたいと思う。

(通常,クリスチャンは,「聖句」という言い方をするが,
 しかし,ここでは,一般の方にもよく分かるように,
 「聖書の言葉」と私は述べる。)

私の好きな,その聖書の言葉とは,

 箴言19章22節

である。

レニングラード写本の箴言19章22節

箴言19章22節(アレッポ写本)


ヘブライ語では,「右から左に」,こう書いてある。

תַּאֲוַת אָדָם חַסְדּוֹ


発音の仕方(ユダヤ人のネイティブスピーカーによる)は,

 「タアヴァト・アダーム・ハスドー

と読む。
(あるいは,伝統的な翻字では,「タアワト・アーダーム・ハスドー」)
http://interlinearbible.org/proverbs/19-22.htm


תַּאֲוַתタアヴァト)とは,
「タアヴァー」という名詞の変化形(合成形,あるいは連語形と呼ばれる)で,
その意味は,「願望」「欲望」という意味である。
そして,合成形(連語形)なので,「~の願望」「~の欲望」という意味になる。
http://strongsnumbers.com/hebrew/8378.htm

אָדָםアダーム)とは,
もちろん,あの最初の人間「アダム」と同じヘブライ語であるが,
しかし,ここでは,固有名詞としてではなく,
「普通名詞」の意味で用いられている。
その意味は,「」「人間」という意味である。
http://strongsnumbers.com/hebrew/120.htm

חַסְדּוֹハスドー)とは,
ヘセド」という名詞に,
「彼の」という意味の接尾辞「オー」が付いたものである。
http://strongsnumbers.com/hebrew/2617.htm

なお,「ヘセド」という言葉には,非常に深い意味があり,
新改訳では,「変わらぬ愛」という感動的な言葉で訳されている。
(この翻訳の仕方は,新改訳旧約聖書の翻訳部主任であられた,
 名尾耕作先生によるものである。)


「新改訳聖書」では,この箴言19章22節は,こう訳されている。

人の望むものは,人の変わらぬ愛である。」
 -箴言19:22。[新改訳聖書]



私は,たぶん,ずっと「この愛」
変わらぬ愛,ヘセド)を求めてきたのだと思う。

私が,20代や30代の頃,「いつも泣いていた」のは,
たぶん,「この愛」(人の「変わらぬ愛」)を,ずっと求めていたのに,
それが「得られなかった」からであろう。


エホバの証人の人たちは,ことさら

 「自分たちの間には,本当の愛がある
 (それこそ,自分たちが本当のクリスチャンである証拠である)

と「うそぶく」が,しかし,実際にそこにあるのは,

 「薄っぺらい愛
 「偽善的な愛
 「表面的な」,

そして,その宗教団体から離れると(排斥や断絶すると),
なくなってしまう愛」があるだけであった。


かつて,私が現役の信者だった頃,
私の姉が,私に,こう訊ねたことがある。

 「あなたがエホバの証人でなくなったら
  その人たちとの関係は,どうなるの?」

と。

私は,少し考えて,答えた。
「もう友だちでは,なくなるね。」

それに対して,姉は一言,こう言った。

 「薄っぺらい関係だね


と。

私の姉は,昔から「頭のいい」人だった。
(文字どおり,「IQがいい」という意味である。)

姉は,きっと,その信者の間に見られる「愛」とやらの
偽善性」を見抜いたのであろう。


ところで,この聖書の言葉では,特に
人間の変わらぬ愛」について述べているが,
聖書が一番強調しているのは,もちろん,

 神の変わらぬ愛」(ヘセド)

についてである。

その点については,また機会があれば,原語と共に考慮してみたいと思う。



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コメント
ありがとうございます
JUN さん>
こんばんは。

更新の少ないブログに,コメントをありがとうございます。

20代,30代を,ずっと寂しく,
いつも泣いて,孤独に過ごしてきた私には,
「愛」について語る資格はありませんが,
いつか,JUNさんが「本物の愛」に
出会える日が来ることを願っております。
聖書が,「ヘセド」(変わらぬ愛)と表現する愛にです。


今の私は,ジョセフ・マーフィー博士の
「心の法則」を信じています。
そして,人の中には「内なる神」
と表現する存在がいると思っています。

人は,表面上は「孤独」(たった,ひとり)
に見えますが,「内なる神」を信じる人
にとっては,ひとりではありません。

イエス・キリストが孤独で苦しかったとき,
「父はわたしをひとりにはさせない」
と表現されたことがあります。(ヨハネ16:32)

イエスがそう表現されたのは,
彼の仲間たちが,彼を見捨てて逃げた時でした。
しかし,一見,「ひとりぼっち」に見えた彼は,
実は,「ひとりではなかった」わけです。

注目すべきは,イエスは「独身」でした。
そして,日蓮も「独身」でした。

でも,たぶん,両者には「愛する人」がいました。
イエスには,マリア・マグダレネが,
そして,日蓮には,日妙という人が。

イエスが十字架にかけられてる時の絵
をご覧ください。
彼の足下には,マリア・マグダレネがいます。
http://godpresencewithin.web.fc2.com/pages/hitorigoto/magdalene.html


JUNさんの「しあわせ」を願っております。
http://godpresencewithin.web.fc2.com/pages/love/shiawase.html
2012/08/14(火) 21:47 | URL | possible #s4XFg22U[ 編集]
はじめまして。愛を欲しながらも、実は他者に愛を与えることのない自分。気がつけばとてもさびしい人間関係が渦巻いている私のまわりに、ふと心にしみる言葉でした 。エホバの証人、創価学会、特に孤立感を深めるころから、これらの団体との接触する機会が増えました。むこうからですが。これからも私の孤立無縁な状況は続くかもしれませんが、ふと、乾いた心に一杯の水を得たような気分になりました。
2012/08/14(火) 19:43 | URL | JUN #-[ 編集]
ニセモノの愛
koroさん>
コメント,ありがとうございます。

お話を聞いていると,エホバの証人こそ,
まさに,「偽りの宗教」という感じがいたします。
イエスは,「木はその実によって見分けられる」と言われました。

その話によって思い出すのは,
「レイモンド・フランズ」という人物です。

彼について,いろんな悪いことを言う人がいますが,
彼が「排斥された理由」は,ただ,
ピーター・グレガソンという断絶者と
「一緒に食事をした」というだけの理由です。
(「良心の危機」404ページ。)

理由は,「たった,それだけ」です。

彼が,JWとは違う教理を信じていたから
とかいう理由ではありません。

たったそれだけの理由で,
「洞察」の本の元となった聖書辞典を書いた人を,
組織のために生涯をささげた人を,
あっという間に,外に追い出してしまったのです。


この宗教は,自分たちは「真のキリスト教」だ
と豪語しますが,絶対に,「狂ってる」と私は思います。
(その「冷たい教義」が,人間が本来持っている
 「正常な感情や感覚」を狂わせているのです。)

聖書の中に出てくる「ヘセド」(変わらぬ愛)
という言葉を,何だと思ってるのでしょうかね。

そんなに簡単に「変わってしまう愛」を示す輩が,
どうして,「アガペー」(自分の命を犠牲にする愛)
だの,「ヘセド」などという聖書の教えを解説できるのでしょうか。
イエスは,「敵」にさえ愛を示すことを教えたのに。

こういうのを「偽善」というのだと私は思います。
そして,イエスは,その種の「偽善者」には,
ものすごく,「厳しい」方でした。

エホバの証人という宗教は,もしイエスが
地上にいたら,真っ先に「偽善者なるパリサイ人」
と呼ばれる宗教に違いありません。
2011/04/20(水) 21:09 | URL | possible #C454ixHI[ 編集]
JWを断絶されたT兄弟のこと
最近、一日大会で、隣の会衆に一年前に行かれたT兄弟の息子さんに会いました。

 聞いたところ、父さん(T兄弟)は断絶されたそうです。

 私が、宗教に対する考え方(神に対する考え方)が、たとえ違っても、私は、あなたのお父さんを尊敬する気持ちは変わらないし、道で合えば、他のJWがいなければ、たぶん挨拶はするだろう。と、言いました。(T兄弟は、私の心筋梗塞の入院の時、来てくださり、お見舞金もいただいたこともあったのです。)

 ところが、T兄弟の息子は、そのような考え方は、問題だ。と、言い出した。

 私は、宗教が違ったり、考え方が、自分達と違うだけで、排除するJWは、なんと冷たい宗教団体だろうと感じました。

 それに、その教えに洗脳されているT兄弟の息子の、狭量な考え方を残念に思いました。
2011/04/20(水) 16:06 | URL | koro #-[ 編集]
「愛される」ためにではなく,「愛する」ために
firisofaさん>
コメント,ありがとうございます。

「愛されるために」。確かに,そうかもしれませんね。
そして,同時に,「愛するために」,なんでしょうね。きっと。

私は昔,「猫は何のために生まれてくるのか」と言ったことがあります。「猫は,人に抱かれるために生まれてくる」。これが,私の答えです。

もちろん,「それだけではない」のでしょうけども,うちで飼ってた猫に関して言えば,そうだったと私は思ってます。でなければ,私の膝の上で「グルグル」言う理由が分からないのです。

しかし,「花は何のために」咲いているのでしょうか。うちのサイトでは,マリア・マグダレネに関する記事において,万葉集の短歌を紹介しています。
「夏の野の 繁みに咲ける姫百合の 知らえぬ恋は 苦しきものを」という歌です。

たぶん,花は,「人に見られるために」,「人に見られることを願って」咲いているとも思えます。だから,花でさえ,人が述べる「きれいだよ」という言葉に反応すると言います。ひまわりは,通常,日光の方を向いて咲きますが,うちのひまわりは,いつも「北に向かって」咲きます。つまり,私たち人間がいるほうに向いて咲くのです。この理由は,「見て欲しいから」ではないでしょうか。

しかし,花は,きっと,「誰も見てくれなくても」咲くのです。山の上に咲く花,茂みにあって,誰も見なくても咲く。「花は,咲かねばならないから咲くのであって,誰かに見られるために咲いているのではない」とは,私の尊敬するある先生の言葉です。

では,人間は,何のために生まれてくるのでしょうか。本当の愛を経験したことのない私には,よく分かりません。愛されたいと思っても,愛されたことはない。それが,私の20代,30代の経験です。「愛されるために」という事が目的なら,その時の私は,「生きてなかったことになる」とも感じます。それを言えば,独身の私は,今でも,そうかもしれません。

しかし,私は,「愛されなくても」,たぶん,がんばって生きてきた。その経験が,人間は「愛される」ことだけが目的ではないのだ,と教えてくれます。

しかし,少なくとも,当時の私は,人を「愛した」(愛せた)と思います。「自分は愛されなくても,愛した」。「愛する」ということこそが,目的(人間の存在意義)なのではないでしょうか。そう思います。

「愛される」(誰かに愛される)ということは,きっと,「神がしてくださる分野」なのです。そう思います,私は。
神の示す愛。それこそが,本当の「ヘセド」(変わらぬ愛)なのです。

もちろん,人からも愛されれば,それほど嬉しいことはないとは思います。人生における「結婚」(恋愛)という分野は,たぶん,そのためのものでしょう。

まとまりのない文章ですが,私の感じてることを書いてみました。
2011/04/19(火) 20:22 | URL | possible #C454ixHI[ 編集]
愛されるために。
愛されているから、人は自分が必要とされていることを感じるのです。

人は愛されるために存在しているのではないでしょうか。
そしてその愛は他の人を愛することの大切さを悟らせてくれます。

そうすると自分の持っている「愛」を知ることができるでしょう。

最近、年配の研究生が集会に来なくなりました。
私の研究生ではないのですが、英語を辞書を使ってよく調べられる方なので、日本語の翻訳の曖昧さなどについて、英語のものと見比べながら話し合ったものです。

ものみの塔の「嘘」も、正直に教えましたし、入れ知恵もしました。

最後の時には、あきらかなお世辞を言ってましたが、最近は近所の人とのつきあいも戻ったらしく元気に花に水くれをしている姿を見ました。

頃合いを見て、手紙を置いてこようと思っています。

「友、遠方より来たる…」をやってみます。

あっ。隣のお店のついでというわけではありませんよ。
列ができるし、路上駐車が増えて通行が不便になるから、隣なので、ちょこっと止めさせてもらおうと言うわけではありませんよ。

たぶん。
2011/04/18(月) 22:53 | URL | firisofa #kNUhCMt2[ 編集]
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