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聖書の「真実を語りなさい」の意味(エフェソス4:15)

まだこのブログを見てくれる人がいるかもしれないので,
久しぶりに「更新」してみる。


さて,実は,私は時々,「Possible訳」に挑む。
「Possible訳」とは,私が独自に,聖書の原語から
聖書の翻訳を試みてるもののことだ。

うちのサイトには,少しだけ公開してあるんだけど,
「新約聖書」だけでも仕上げたくて,翻訳に取り組むんだけど,
正直,一日,「一節の翻訳」が,やっとなくらいなのである。
はっきり言って,私には翻訳という作業は難しい。
(こんなの,いつ仕上がるんだろって感じ。)

今日は,「エフェソス4:15」の翻訳に取り組んだので,
その試訳を公開し,「心の法則の観点からの解説をしてみたい。


------------------------------------------------------

「むしろ,私たちは,[常に]真実を語り,
 愛の中で,成長しようではありませんか。
 「彼」の《その》すべてを目ざして,
 すなわち,頭であるキリスト(メシア)
 [の持つあらゆる点に到達できるまで]。」

 -エフェソス4:15。[possible訳聖書]



----------------------------------------------


私たちは,常に「真実を語りましょう」と勧められている。

ものみの塔のようなファンダメンタリストなら,
たぶん,こういう部分は,「他人にウソはつくな」と教えるだろう。
それ自体は,有益な助言だと思うし,
もちろん,他人にウソはつかないほうがいいに決まってる。

だが,「心の法則」では少し違う。

心の法則では,聖書は,私たちの「内面」について,
つまり,私たちの心の働き」について教えてると教える。

とすれば,ここで,「だれに対して」真実を語るのか
ということが問題になる。
聖句自体をよく見てもらえれば,
「他人に」などとは,どこにも書いてないことにも気づく。

聖書は,実際には,私たちの「内面」について象徴的に述べている
という点に注目すれば,ここで「真実を語る」とは,
まず「自分に対して」ということになる。
つまり,聖書は,「自分の心にウソはつくな」と教えてるのだ。

自分が本当は「やりたいこと」,「したいこと」があるのに,
それを,あたかも,やりたいとは思ってないと自分に言い聞かせたり,
自分の「本当の気持ちや感情」を押し殺したり,
そんなことばっかり,いつも,してないだろうか?

その「自分の心に」,ウソはついてはいけないよ。
そう聖書は教えてくれる。

汝自身に対して誠実であれ
 いかなるときにも誠実であれ。
 されば汝は,すべての人々に対して誠実とならん。」

 by ナポレオン・ヒル




そういうことは,ものみの塔では教えてくれない。


----------------------------------------------


また,聖書は,「愛の中で,成長しようではありませんか」と教える。

もちろん,ファンダメンタリストたちは,
「アガペー愛」の大切さを力説するだろう。
「他の人たちを」,“自己犠牲的な愛で”愛することが必要であると。
自分よりも,まず他人を」優先させよ,と。
(そんなことばかり,私は,ものみの塔で教わった。)


しかし,「心の法則」の観点からすれば,
その愛は,まず「自分に」向けられる必要があることが分かるであろう。

あなたは,誰よりも「まず自分を愛して」いるだろうか。


------------------------------------------


なお,「心の法則」,あるいは,ニューソート系の教えでは,
「愛」とは,単に,それだけの意味ではない。
心の法則では,

 「」とは,「引き寄せの法則の別名

だと教わる。
(マーフィー博士の本では,「牽引の法則」として知られる。)

「引き寄せの法則」とは,簡単に言えば,
何かを心の中で思うと,それを「引き寄せてしまう」という
ある意味,恐ろしい法則のことである。

だから,「良いこと」を思えば,「良いこと」を引き寄せるし,
反対に,「不安」や「心配」があれば,それを引き寄せることになる。

それゆえ,「常にポジティブ思考を心がけなさい」という
ニューソートの教えは,実は,ここに「理由」があるのである。

「他人に対して悪い感情を持ったままでいてはいけない」
と教わる理由も,実は,ここにある。
なぜなら,その他人に対して抱いた悪感情は,
「自分の中の心の働き」であり,
引き寄せの法則によって,すべて「自分に返ってくる」からだ。


聖書は,その「愛の中で」,
言い換えれば,「引き寄せの法則の中で」成長しましょう
とも教えてくれてることになる。

私たちの夢の実現は,その法則にかかっているということを認め,
それゆえ,「常にポジティブでいなければならないと」いう結論に,
何度も何度も「試行」と「経験」を重ねつつ,自ら至らねばならない。


----------------------------------------


さて,こうして,「自分の心にウソはつかず」,
自分を愛する」人となるならば,
そして,常に「ポジティブ思考」を心がけるなら,
やがて,その人は,「他人」に対しても
常に誠実で,愛のある人間になることだろう。

それこそが,クリスチャンにとっての理想の人間,
すなわち,「イエス・キリストの人格」に近づく道でもあるのだ。


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コメント
古い記事?
べつに,「なんでも書いていただいて結構」なのですが,
リンクしてくださった記事が「2009年」で,「古い」ですね。

それと,なんで,「リンクのみ」で,「コメントが一切ない」のでしょう?

私にはよく分かりませんが,何かを訴えたいのなら,「コメントを書くべき」だと思います。
しかも,他人のブログのコメント欄です。

たぶん,他のブログでも同じようなことをされたら,
管理者は,「不快」だろうと思いますよ。
「2ch」なら,それでもいいでしょうが・・・。
2012/06/21(木) 06:02 | URL | possible #C454ixHI[ 編集]
2012/06/20(水) 01:04 | URL | かな #-[ 編集]
コメントをありがとうございます
koroさん>
コメント,ありがとうございます。

この記事を書いたあとに,私も,「ライブラリー」を調べてみましたが,ものみの塔協会も,「真実を語る」(つまり,「人にウソはつかない」の意。そうは述べてなくても,そういう意味)という点は,過去に(数は少ないとはいえ),教えてると思います。

なお,問題の箇所は,「真理を語る」とも訳せますが,私は,「真実を語る」と訳させていただきました。というのは,その前の文脈(14節)で,「たばかり」や「誤らせようとたくらむ巧妙さ」(新世界訳の表現)と述べられており,それと対比されてると私はとらえたからです。
(聖句は,「文脈」のつながりがあるので,面白いもので,その聖句のみの原文を見て訳すと,正確に訳せません。)

それゆえ,15節の最初の接続詞も,私は,「反意」の意味として,「むしろ」と訳しています。つまり,簡単に言えば,他・の・人・た・ち・は・,そういう態度(不誠実で,うそをついたり,だまそうとしたりする心の状態)かもしれないが,私・た・ち・は・そうしないよ,ということです。

ネットで調べられる「注解書」では,たとえば,「Barnes' Notes on the Bible」では,その余白に,"being sincere"(「誠実である」の意)と書いてあることが示されています。
http://biblecommenter.com/ephesians/4-15.htm


なお,この聖句も含めて,翻訳は難しいです。「新世界訳」の訳し方を例に説明すれば,「すべての事において」とある部分の「において」は,原文にあ・り・ま・せ・ん・。もし,「において」と訳すなら,原文に「エン」(in)のような前置詞が必要です。
また,「成長してゆきましょう」という部分は現在時制ではないので,「ゆき」ましょうとは私は,どうしても訳せませんでした。私が「possible訳」において,「ゆき」ましょうと訳す時は,原語に「継続的な行為」が示唆されてる必要があります。


ところで,エフェソス4:8に関しては,すでに「possible訳」でその部分はアップされてますので,その左側にある「行間逐語訳」と共に,ご覧ください。その部分の文法は「与格」(「~に」の形)なので,直訳は,「人々賜物を与えた」です。
心の法則の観点から言えば,「内なる神は,私たち一人ひとりに,それぞれ異なる賜物(才能)を与えた」という意味であって,長老(特定の権威を持つ人間)を与えたという意味ではありません。

ものみの塔的な解釈では,エフェソス4:8は,「くだらない」という印象を私は個人的に持ちますが,「神が,この私にも賜物(才能)を与えてくださっている」という教えなら,これは良い聖句だと私は感じます。

2011/08/02(火) 01:32 | URL | possible #C454ixHI[ 編集]
possibleさん、こんばんわ。

 翻訳の作業、ご苦労様です。

 新世界訳聖書では、エフェソス4:15は、「そうです,わたしたちは真理を語りつつ,愛により,すべての事において,頭であるキリストを目ざして成長してゆきましょう。」です。


 私はライブラリーで調べてみましたが、JWの奴隷級は、エフェソス4:15を、嘘はつかないようにと言う聖句だと、信者に教えてこなかったのかもしれません。

 その点では、エフェソス4:15は、possible訳は解りやすくて優れているでしょう。

 それに、相変わらず、JWライブラリーでは、エフェソス4:8から、「人々の賜物」である長老達という優れたJWの組織の取り決めに感謝しましょうと言うものでした。

 最近の地域大会でもそう感じましたが、奴隷級には、もっと一般の人の実生活に役立つ記事や話を希望します。
2011/08/01(月) 23:11 | URL | koro #-[ 編集]
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